あなたの目に隣家の洗濯物が汚れて見えるのはどうしてか?【ジョージ・バーナード・ショウからのヒント】

Laundry

(Photo by Ben D. Johnson)


ある土地に一組の夫婦が新しく引っ越してきた。ある日の早朝、この夫婦が二人で朝食を食べていて、妻がふと窓の外を見たとき、干している隣家の洗濯物が目に入ってきた。

干されているその洗濯物が薄汚れているのに気付いた妻は、夫に言った。

「あの奥さんは、洗濯の仕方も知らない人なのね。衣類は汚いままなのに。ちゃんと洗剤使ってるのかしら」

この妻は、あくる朝も、その次の朝も、隣の家の洗濯物を見て、毎日毎日、ブツブツと同じことを夫に言った。

「あの奥さん、家族にあんな汚いのを着せてるのかしら。信じられない」



数週間が経ったある朝、同じように窓の外をのぞいて隣家の洗濯物を見た妻は、その洗濯物が、すっきりと綺麗に美しくなっていることに気が付いた。

彼女は驚いて、夫に言った。

「あなた、見て。隣の奥さん、やっと洗濯の仕方を覚えたみたいよ。何があったのかしらね」

夫は微笑んで、こう返した。

「いや。僕が早く起きて、この部屋の窓をきれいにしたんだよ」



汚れているのは、隣家の洗濯物ではない。自分の窓だ。けれども、汚れた自分の窓に気が付かない妻には、窓の向こうの洗濯物自体が汚れているようにしか見えなかった。

  

僕たちの周りの問題も、往々にして同じだ。たまに嬉々として他人の悪口を広める人たちに出会うけど、実際に汚れているのは、本当にその対象なのだろうか?汚れているのは、僕たちが下衆の勘繰りをして、悪質なゴシップや陰口の対象にするものではんく、他でもない自分自身の心ではないだろうか?

汚れた心を通して外の現象を見ていれば、どんなものだって汚れて見える。その口から出てくる言葉は、悪質なゴシップ、陰口にまみれて汚れていく。汚れたレンズを通して解釈されるものは、そのまま汚れて出てきてしまう。

僕が人間として素晴らしいと思う人は、自分の心の窓を綺麗に保つことを実践する人だ。下衆の勘繰りをしない人、ゴシップや陰口を言わない人と話していて気持ちがよく感じるのは、その人たちが語る内容が好ましいだけではなく、その人の心の窓がきれいであることを感じるからだ。そのような人たちとは、出会えたことを感謝して、一生付き合っていきたいと心から感じる。

 

イギリスの詩人ジョージ・バーナード・ショウは言った。

「いつでも自分を磨いておきなさい。あなたは世界を見るための窓なのだ」


世界を見る窓は自分しかない。自分を磨いていなければ、曇った窓を通してしか周りを見ることはできない。歪んだ思いに心が支配されていれば、汚れた世界しか見えてこない。

一度しかない人生、僕は薄汚れた窓を通して周りを見ながら、人生の終わりを迎えたくない。そして、できれば他の人たちにも、そんな世界を見ながら、人生の幕を閉じてほしくないと思う。

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Yasu is the founder and CEO of Good Friends Japan. We aspire to offer opportunities of international education to unprivileged young adults. リベラルアーツ教育研究、英語学習のためにICUを中退。アメリカ、カナダに学部・大学院留学。米の中高の特別講師、サッカーの助監督、カナダで路上生活者と共生。カナダの教会で、異文化教育、カウンセリング、葬儀等を担当。シンガポール勤務を経て、児童養護施設出身者、中退・引きこもりの若者など、社会的に困難な状況でがんばる人たちの国際教育支援チーム創設。教育学修士。@yasukuwahara