帰る方角が分からなくなった羊の話は、私たちに何を語っているか【人間性が迷子になるとき】

Sheep

(Image by Marcello Guardigli)


何年か前、羊の生態を写したドキュメントを観たことがある。その短い映像の中で、とても印象に残った場面は、一匹の羊が草を食べている場面だった。

群れの中の一匹の羊が、お腹がすいているのか、目の前の草を休みなくムシャムシャと食べ続ける。しばらくの間、この羊は、夢中で目の前の草を追いかけていく。そして、目の前を草を夢中で食べ続けていた羊は、あるとき、ふと顔をあげ、周りを見渡し始める。

周りを見渡すと、この羊は、いつのまにか一人ぼっちであることに気が付いていく。思わず不安そうにウロウロとするこの羊。おいしそうな目の前の草を夢中で食べ続けているうちに、この羊は群れから迷い出てしまい、ついには帰る方角もわからなくなってしまっていた。

 

人は、きっとみんな目の前の草を追い求めて生きていますが、目の前の草は、ときとして人を迷子にさせる。様々な年代や立場の人がいるのだから、「目の前の草」と言われても、思い浮かべることも様々だろう。経済的安定かもしれないし、キャリアかもしれない。物欲かもしれないし、名誉欲かもしれない。プライドの充足かもしれないし、コンプレックスの克服かもしれない。内実は様々だが、私たちの人生には、それぞれ、帰る道を見えなくさせる草がある。

追いかけること自体は、何の問題もない。しかし、周りを見渡すこともなく、それを夢中で追い求めていると、いつしか私たちは自分が立っている場所がわからなくなる。そして、戻るべき道を見失う。

それに気が付かずに、我を忘れて夢中で草を食べていると、人間はいつのまにか、ゆがんだ自己顕示欲に支配されて、気に入らない人に卑劣なことをする人、出世欲で我を忘れて、他人を残酷にけおとす人、金銭欲、物欲に目がくらんで、他人をだますことさえ厭わない人になっていく。


僕は、大勢の人が集まる教会でリーダーとして働き、私生活でも様々な集会のファシリテーターだったので、おそらく平均的な日本人の何倍も多くの人に関わってきている。カナダ勤務時代は、特に様々な争いや多くの足の引っ張り合いを目にしてきた。

僕は、自分が知らず知らずに追いかけているものに、常に意識的になりたい。そして、様々なことが起こり、様々な感情がわき起こる人生で、自分自身がどこに向かっているのかを、絶えず意識して生きていきたい。

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Yasu is the founder and CEO of Good Friends Japan. We aspire to offer opportunities of international education to unprivileged young adults. リベラルアーツ教育研究、英語学習のためにICUを中退。アメリカ、カナダに学部・大学院留学。米の中高の特別講師、サッカーの助監督、カナダで路上生活者と共生。カナダの教会で、異文化教育、カウンセリング、葬儀等を担当。シンガポール勤務を経て、児童養護施設出身者、中退・引きこもりの若者など、社会的に困難な状況でがんばる人たちの国際教育支援チーム創設。教育学修士。@yasukuwahara