あなたの人生は、あなたにしか語りかけないし、その声を聞ける人間も、あなたしかいない【困難に挑戦して疲れている人へ】

3316972125_9ef35638b6_z_mini

(Photo by filip nohe)

Sくんへ

メールをどうもありがとう。ブログを読んでメールをもらえるのは、本当に嬉しい。返事に時間がかかっちゃってごめん。

今まで歩いてきた道が閉ざされるって、本当にショックだと思う。あるはずの未来が、思い描いていた未来が、突如として自分の手をすり抜けていく。喪失感と不安と恐れが一気に襲い掛かってくる。心がつぶされるのに必死で抵抗しているのが、俺にも伝わってくるよ。

「ほら、だから言ったでしょ」って言葉、確かに本当に無神経だと思う。自分の道を自分で選んで、そこに果敢に挑戦した者に向かって言う言葉ではないね。人生には失敗がつきもの。挫折がつきもの。特に、勇気を出して人とは異なる道を選んだのなら、その分だけ、チャレンジも大きい。だからこそ、今回のようなことは何度も起こりうる。それなのに、そんな言葉を言われるのは寂しいよね。俺はただ、その道を自分で選びとったきみの勇気に感心してるよ。

俺は、その勇気を持った自分を、もっと評価してほしいと思う。大学を辞めてまで、リスクを冒してまで、自分の足で自分が決めた道を歩き始めた自分を、もっと褒めてあげてほしいと思う。決して楽な道じゃなかったでしょ。不安と恐れを振り払わないとできなかったでしょ。こうなるリスクを知っていて、それでも果敢に挑戦したんだよね。俺は昔からそんな男のことを、かっこいいって思ってるよ。

でも、敗北感で打ちひしがれる気持ち、俺にも少しだけわかる気がする。Facebookの情報から計算できると思うけど、俺さ、高校を卒業してすぐに大学に行かなかったんだ。行きたかったよ。でも、行かなかった。もっと厳密に言えば、「心がボロボロになっていて行けなかった」という表現が真実に近いのかもしれない。

好きな人が病気で死んでいくということに、高校生の俺は耐えられなかったんだ。前のブログ記事を読んだよね。あの頃、自分の人生を本当に毎日考えた。俺には何ができるのか、俺は何をするべきか、どうやって生きればいいのかってさ。それで、自分がそれまで思い描いてた進路に、疑問が湧いてきた。教師になるってずっと思ってたんだけど、そこに疑問が出て来てしまった。詳しい過程は省略するけど、それで、自分の進路をそこで独断でひっくり返してしまったんだ。

そうすると親だって黙ってない。親や兄貴には、ちょっとした嫌味や皮肉を言われるようになった。言ってる本人たちは、きっと悪気はないんだろうけどね。でも、そうやって何度も言われるうちに、俺も段々と彼らに対して心を閉ざしてしまった。それからは、全てが悪循環。この時代は、本当にきつかった。色々な意味で、人生のどん底。敗北感というか、どうしようもできない自分の無力さに打ちひしがれた気持ちでいた。

それから三年。彼女の死を経て、挫折感や閉塞感の中で自分の人生を考えてた俺は、海外に行くことを決意した。英語は勉強しなきゃいけない、でもキリスト教や哲学も勉強したい-そうなると、日本で行くべき大学は、ICUしかないって思った。あるとき、偶然知ったICUという大学に惹かれ、そこしか受けないことを条件に、それがダメだったら大学は行かないという決意をして、ICUだけを受験した。ちょっと無謀だよね。でも、努力でどうにもでなることに関して、俺はいつだって自信を持ってる。だって、努力する才能だけは、俺にだってあると思ってるからね。

そして、無事に入学したICUでは、自分の実力を証明して、「日本の大学でやり残したことはない」と言い切れるくらい限界までやりたいことをやり切って、その上で、奨学金をもらって海外に行こうと思って、周りが心配するくらい必死で頑張った。そして、数年後に、無事に奨学金留学を実現させた。

アメリカの大学を卒業し、カナダの大学院に入学して、将来は日本で日本人の教育に関わろうと思ってた。のちにアメリカに戻って博士課程を終わらせることを念頭に置きながら。スマートに物事をこなす才能も、すらすら問題を解く才能もないけど、なぜかアメリカでも成績だけはよかったので、何人かの先生も俺の未来設計を後押ししてくれた。

でも、人生は、自分が想像してたようにはいかない。俺には、カナダで人生二度目の進路変更が待ってた。

あの頃、思いもかけずに、当時行っていた教会で、牧師と教会員の間で大きな問題が起きて、牧師が辞任してしまったんだ。それで急遽、神学大学院でキリスト教と教育の修士課程に在籍していた俺が、その牧師の代わりをすることになった。

カナダに渡った当初は教会で働く気は全くなかったんだけど、あのときは、お世話になった人たちが俺を必要としているのなら、その人たちのために教会で働いてみようって思ったんだ。「一年くらいの期間限定です」って言われてたから、一年くらい回り道してもいいだろうとも思ってね。でも、実際は、次の牧師が決まらず、俺はその教会に三年間いることになった。歴代の牧師とその家族たちは、陰で教会のみんなの悪口ばかり言うし、かなり醜い足の引っぱり合いもしていたけど、俺自身は教会員のみんなが好きだったし、好きな人たちが困っていたら、俺にはするべきことがあると思ったから、結局は留まった。

そして、その最中に、教会で働くコースを歩き始めた俺は、自分の進路にいつも疑問を抱きながらも、その教会を離れたあと、オンタリオの教会に派遣され、人間の見栄や嫉妬や悪意を目の当たりにしながら、二つの教会で働いた。不登校や引きこもりの人の海外教育や国際交流を支援するという、アメリカ時代からの夢を犠牲にしながら。

そして、今回、震災が起きた後、今までの多くの疑問や疑いが臨界点に達していた俺は、すぐにカナダを離れることを決めた。今までの多大な親不孝も、俺の足を親のいる日本に向かわせた。

俺の人生は、俺が思い描いていたようには行かなかった。「すごい経歴」と言うけど、実際は全然違うんだ。毎年毎年、自分の進路に疑問を持ちながら、人間の心の闇を間近に見ながら、自分の夢を犠牲にして生きてただけ。

カナダでは色々な問題に巻き込まれて、悲惨な時間も過ごした。子持ちの中年女性に不倫関係を迫られ、断ったら他人を巻き込んで執拗に仕返しをされて、人間の心の歪みを体験として味わった時期もあった。結局、自分を犠牲にして、人をかばいすぎたのかもしれない。どんな人のためにでも自分を犠牲にしてかばうんだっていう気持ちが強くて、そのことに少しこだわり過ぎたのかもしれない。そういう気持ちで生きてきたことが、結果として自分の首を絞めた。

「桑原さんが相手をかばう姿勢にはいつも感銘を受けているけど、それだけでは、あの人たちはいつまでも何も学ばずに同じ被害を他の人にも加え続けますよ。あの人たちの今までが、いい例でしょう」

「自分が何をされても相手が悪く言われないようにするというのは、あなたの本当に素晴らしいところだけど、それだけじゃダメなこともあるのよ」

あの頃言われた言葉の意味を痛感するまでに、時間がかかり過ぎてしまった。尊敬する人たちからせっかくアドバイスを頂いていたのに、何でも人のために我慢すればいいってものじゃないということを実感するのが遅すぎた。

そして、ハラスメントと虐待の繰り返しの末に、体に極度の異変を感じて病院に行ったときには、思っていた以上に、自分の体は崩壊していた。カナダの病院で入院し、検査結果を知らされ、ただ涙が滲んだ。「犯罪まがいの嫌がらせまで、我慢する必要はなかったんだ」ーそう気がついた時は、ちょっと遅かった。

正直、カナダでの人生を振り返って、後悔がないと言えば嘘になる。自分の好きな人たちと自分の好きなことをする。それは確実にできてなかった。それより何より、高校生のときから思い描いていた生活は、できなかった。日本を離れるときに思い描いていた生活は、できなかった。アメリカを離れるときに思い描いていた未来を、俺はつかむことができなかった。それどころか、こんな人生には絶対にしたくないって思うような人生を送ってしまった。

詳しくは伝えることができないけど、いるべきではない何人かの人たちと時間を過ごし、するべきではない我慢をしていた。そこに留まる決断をしたのは自分なので、どっちにしても、愚かなのは俺自身なんだけどね。

あれから得たものも大きいけど、失ったものは、きっとそれ以上に大きい。今になって昔からの夢を実現しようと奔走してるけど、本当は20代のうちに始めておきたかったことばかり。残念だけど、「20代の後半を、本当に大切な時期を、俺はどうしてあのように生きてしまったんだろう」って想いは、きっと一生離れないだろう。その生き方を自分で選択してきたんだけど、その代償はあまりに大きかったと、今自分の歩みを振り返って思う。

でも、失敗したら、やり直せばいい。バラバラになったら、また紡ぎ合わせればいい。疲れて何もしたくないときには、少し休めばいい。そして、また目標に向かって走り出せばいいんだ。

人生、再スタートを切るのに、遅すぎるってことはないよ。遅すぎるのは、自分や当事者たちが死んだときだけだ。生きている限り、遅すぎるなんてことはないんだよ。

確かに、何もかもが元通りなんてことはありえない。取り返しのつかないことだってある。でも新しい歩みを始めるのには、どんな状況でも、何歳になっても、遅すぎるなんてことはない。

きみには、いのちがある。自分の態度を自分で決められる自由がある。あとは真っ直ぐに前を見て立ち上がる意思が必要なだけなんだよ。お金じゃない。社会的立場でもない。そんなものがなくったって、その意思を掘り起こしさえすれば、いつだって俺たちは、新しい未来の地平線を歩くことができるんだ。

大変な状況を生き抜いてきたきみには、今すぐにはそれだけの余裕がないかもしれない。でも、それはいたって自然なこと、仕方のないことなんだ。「死にたい」と言う言葉も、そんな疲れから来ているんだよ。

だけど、そんな状況に置かれて、それでもまだ頑張ってもがいているきみのことを、俺は本当に強い人間だと思う。きみがしてきたことは、普通の人間には中々できることじゃない。焦る必要はないよ。これから叶えたいものがあるのなら、一歩一歩、地道に進んでいくんだよ。楽な道を選ばずに、敢えて困難を選んだ自分の強さを信じて、ね。

 いつでも一生懸命走り続ける必要はない。転んだら立ち上がればいい。痛みで立てないときは、少しだけ休めばいい。未来への可能性は、どんなときだって、いつだって開かれてるんだ。この世界には、それを見る人と見ない人がいる。見える人と見えない人じゃない。見ようとする人と見ようとしない人がいるんだ。そして、見ようとする者だけ、未来の可能性は見えてくるんだよ。

失敗したからって、ボロボロになったからって、その可能性を見ようとすることを止めてはいけない。休むことは必要。立ち止まることも必要。でも、少しだけ休んだ後は、また自分の足で立ち上がって、未来の可能性を探し続けながら、目的地に向かって歩き出すんだよ。

挫折って辛いよね。悲しいよね。ほんと、これからの人生が嫌になるときもあると思う。

でも、どんなときも、自分自身のことを大切にしてね。周りの友達のことを大切にしてね。自分の人生がうまく行かないからって、鬱憤が溜まってるからって、自分や周りに八つ当たりしたり、気に入らない人を貶めるようなことをしちゃダメだよ。そんな人間は、本当に沢山いる。俺だって、カナダで嫌というほど見てきた。とても残念なことだけど、生きている限り、これからもそういう人に出くわすことになるだろう。

でも、周りの人たちのように、そんな弱さに身を委ねちゃいけない。誠実に、真摯に、自分や友達と向き合うことを、どんな状況に陥っても絶対に忘れないで。

そうやって生き続けていれば、きっと道が開けてくる。必ず、そこから未来が見えてくる。そうやって前を向いて生きていれば、絶対に未来に可能性を見つけられるときが来るんだ。自分がうまく行かない時期だからって、他人にストレスをぶつけたり、今までの誠実な自分を見失っちゃ絶対にダメだよ。

これからの人生をどうしていいか、壊れそうなほど悩んでるのが痛いほど聞こえるよ。心ない言葉を聞くこともあるよね。プレッシャーをかけられることもあるよね。周りの人間が無神経で嫌になることもあるよね。生きていれば、色々な雑音がきみの心を締め付けるときがある。悲しいことだけど、今がきっとそのときなんだろうね。

でも、そんなものに負けちゃダメだよ。きみの人生は、きみにしか語りかけない。その声を聞ける人間は、きみしかいないんだ。どんなに仲のいい友達も、どんなに親しい家族も、きみの人生の声を聞くことはできないんだ。雑音に惑わされないで、その大切な声を、自分にしか聞こえない声を、耳を澄ませてよく聞くんだよ。それだけは、いつまでも忘れないで。

どういう決断を下すにしろ、俺は陰で応援してるよ。まだ20代の半ばだろ。これからの進路を、いつも祈ってるよ。その足で障害物を蹴散らして、その手で道を切り開いて、また俺に色々と報告してくれる時を、心待ちにしてるよ。お互いに、絶対に今の状況から抜け出して、いつか必ず笑顔で会おうね。その日が来るのを、俺は今から楽しみにしてるよ。


体に気をつけてね。俺みたいに、あとから「うわー、やべー!」ってならないように、健康にだけは気をつけて。


May your inner strength rise to meet you whenever darkness tries to grab your heart.



やす

*2011年に書かれたものです。

http://goodfriends.jp/
http://kuwayasu.com/archives/9708
http://kuwayasu.com/university-poland-support
http://kuwayasu.com/archives/10200
http://kuwayasu.com/archives/10259
http://goodfriends.jp/support-plan
http://kuwayasu.com/archives/10259
http://kuwayasu.com/archives/9579
http://goodfriends.jp/contact-form

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

Yasu is the founder and CEO of Good Friends Japan. We aspire to offer opportunities of international education to unprivileged young adults. リベラルアーツ教育研究、英語学習のためにICUを中退。アメリカ、カナダに学部・大学院留学。米の中高の特別講師、サッカーの助監督、カナダで路上生活者と共生。カナダの教会で、異文化教育、カウンセリング、葬儀等を担当。シンガポール勤務を経て、児童養護施設出身者、中退・引きこもりの若者など、社会的に困難な状況でがんばる人たちの国際教育支援チーム創設。教育学修士。@yasukuwahara