路上生活者の大切な「椅子」を壊したお婆さんの話

昔々、東京がまだ江戸と呼ばれていた時代のこと。


一人のおばあさんが路地を歩いていたら、道端に座っていた路上生活者の男が、彼女に声をかけた。

「ばあさん、銭を恵んでくれ」

「そうは言っても、私には何もあげるものはないよ。それに、たとえお金をあげても、あんたの生活は、明日も変わらないだろうね」

「そうかもしれないけど、俺はいま銭が欲しいんだ」

 

「でもね」

おばあさんは言葉を続けた。

 

「質問していいかい?あんた、何の上に座ってるんだい?」

 

「ゴミだよ。何年も前に、川底で拾ってきたのさ。硬さと高さがちょうどいいんで、ずっと椅子にしてるんだ」

 

「私には箱に見えるね。中を開けて見たことはあるかい?」

 

「壊さないと開けられないよ。でも壊したら、俺の椅子がなくなっちゃうじゃないか」

 

「ちょっと、このお婆に箱を見せてくれるかね」

 

おばあさんは、そう言って箱を受け取り、いきなり近くの岩に叩きつけた。

 

「何すんだ、ばあさん!」

 

壊れた箱の隙間から見えたのは、金の塊だった。

 

「これだったら、日本で一番高価な椅子だって買えるだろうよ」

おばあさんは、そう言って男を抱きしめ、微笑みながら去っていった。



苦難の中にいる人を前にしたとき、何かを与えることも、時には必要かもしれない。でも、多くの場合、もっと大切なことは、既に手にしているものの価値を、実感できるように提示することかもしれない。その人が既に秘めている存在の価値に気がつくきっかけを与えることかもしれない。

たとえ何も与えられなくても、人には、できることがある。

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Good Friends Japan CEO. We aspire to offer opportunities of international education especially to unprivileged young adults. ヨーロッパと台湾で仕事をする北海道育ち。大学をアメリカ、大学院をカナダで修了。リベラルアーツ教育、宗教教育修士。@yasukuwahara