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路上生活者の大切な「椅子」を壊したお婆さんの話【与えることと気付かせること】

昔々、東京がまだ江戸と呼ばれていた時代のこと。 一人のおばあさんが路地を歩いていたら、道端に座っていた路上生活者の男が、彼女に声をかけた。 「ばあさん、銭を恵んでくれ」 「そうは言っても、私には何もあげるものはないよ。それに、たとえお金をあげても、あんたの生活は、明日も変わらないだろうね」 「そうかもしれないけど、俺はいま銭が欲しいんだ」   「でもね」 おばあさんは言葉を続けた。 「質問していいかい?あんた、何の上に座ってるんだい?」 「ゴミだよ。去年、川底で拾ってきたのさ。硬さと高さがちょうどいいんで、ずっと椅子にしてるんだ」 「私には箱に見えるね。中を開けて見たことはあるかい?」 「壊さないと開けられないよ。でも壊したら、俺の椅子がなくなっちゃうじゃないか」 「ちょっと、このお婆に箱を見せてくれるかね」 おばあさんは、そう言って箱を受け取り、いきなり近くの岩に叩きつけた。 「何すんだ、ばあさん!」 壊れた箱の隙間から見えたのは、金の塊だった。 「これだったら、日本で一番高価な椅子だって買えるだろうよ」 おばあさんは、そう言って男を抱きしめ、微笑みながら去っていった。 苦難の中にいる人を前にしたとき、何かを与えることも、時には必要かもしれない。でも、多くの場合、もっと大切なことは、既に手にしているものの価値を、実感できるように提示することだ。その人が既に秘めている存在の価値に気がつくきっかけを与えることだ。 たとえ何も与えられなくても、人には、できることがある。 あなたにも、きっとできることはある。

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自分の羽を差し出したワシ【自分を活かすことに集中したい人へ】

昔、二羽のワシがいた。若い一方のワシは、長い時間かけて飛ぶ練習をしていたこともあり、もう一羽のワシよりも、速く、空高く跳ぶことができた。同じように飛べないもう一羽のワシは、表情には出さないものの、この若いワシのことを、いつも心で苦々しく思っていた。 そんなある日、嫉妬を抱えたこのワシは、一人の狩人に出会う。そして、狩人にこう頼んだ。 「謝礼は払うから、あの若いワシを弓矢で射殺してくれませんか?」 狩人は答えた。 「今は矢につける羽がないけど、それがあれば何とかできる」 「それなら、これで」 ワシは、自分の羽を一枚差し出した。 「ああ、これなら大丈夫だ」 狩人はその羽を矢につけ、優雅に飛び回る若いワシをねらって、鋭い一発を放った。 「ダメだ!逃げられた!あいつは見事に空を飛ぶな。これは難しいぞ」 「あんなの、大したことないですよ。もう一度、お願いします」 その後、嫉妬心を抑えきれないワシは、何とかしてあの若いワシを殺そうと、狩人が狙いを外すたびに、何度も何度も自分の羽を差し出した。ただ、あの若造に弓矢を食らわせてやろうと考えながら。 しかし、それでも若いワシは射止められない。 「すまんが、あいつは俺には手に負えないよ」 何度も失敗して根負けした狩人は、やがて、そう言って去っていった。 取り残されたワシは、羽を失って飛ぶことができず、その夜、狼に食い殺された。   嫉妬から相手を攻撃しても、失うのは自分自身の羽。そういう人間からは、周りの人間は離れていき、やがて飛ぶことさえもできなくなる。 自分の羽は自分が飛ぶために使うのが、幸せになるための第一歩だ。他人を撃ち殺すために羽を使っていては、あなた自身は一生、大空を飛ぶことはできない。

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お婆さんを背負った二人の僧侶の話【新しい一歩を踏み出す人へ】

ある日、二人の僧侶が田舎町を歩いていた。収穫物の運搬のために、ある村へと向かう最中だった。その道すがら、老女が川のほとりに座り込んでいるのが、僧侶の目に入った。橋が架かっていないので、川を渡ることができず、困っているようだった。 一人目の僧侶が、親切に申し出た。 「よろしければ、川の向こう側まで私たちが運びますよ」 「ありがとう」 老女は、そういって申し出をありがたく受けた。 二人の僧侶はお互いの両手を組んで、老女を組んだ腕に乗せ、川を渡った。渡り終えると、二人は老女を下ろし、彼女はそのまま道の向こうへ消えていった。   僧侶たちも旅路を続け、10キロほど歩いたところで、二人目の僧侶は不満をこぼし始めた。「ああ、この袈裟を見ろ。あの婆さんを運んだせいで、泥だらけだ。それにいきなり重いものを運んだから、背中も痛む。」 一人目の僧侶は、微笑みを返して、黙って頷いた。   また10キロくらい進んだところで、二人目の僧侶が、再びぶつぶつとこぼし始めた。 「背中がすごく痛い。あんな婆さんを運ばなきゃよかった。もう歩くのも辛いよ」 一人目の僧侶は、道端に横たわり、不満を並べる相方に言った。 「僕がどうして文句や不満を言わないのかわかるかい?」 彼は言葉を続けた。 「きみの背中が痛むのは、今もきみの心が、おばあさんを背負い続けているからなんだよ。僕は、とっくにお婆さんを下ろしているのに」   他人の言動に対して、僕たちは同じことをしがちだ。もしも、あなたが二人目の僧侶なら、いなくなったお婆さんを、ちゃんと背中から下ろすこと。過去のことは、学びの材料にするだけで、背中に背負いこまない。そうやって意識するだけで、日々の小さな決断に変化が出る。過去の嫌なことは、人の精神を支配しやすい。でも、それに引きずられて生きていると、今日という日は、いつまで経っても満開には咲き誇らない。 誰かが与えた嫌な言動は、背中から下ろし、新しい日を始める。新しい人間関係の中で、新しい人生のステージを歩み始める人は特に、過去に運んだお婆さんは、ちゃんと向こう岸で背中から下ろして生きてほしい。

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不可能なことを成し遂げた年老いたロバの秘密【人生の困難の話】

アメリカが大恐慌に陥っていた頃の話。 丸太が山積みになったリアカーを車の後部に結んで、丸太を運んでいた男がいた。しかし、山道の途中で、リアカーは側道の溝にはまってしまい、動かなくなってしまった。 引き上げようとしても、車の馬力が足りなくて、リアカーは溝から抜けてくれない。途方に暮れて座り込んでいたときに、一人の老人が通りかかって、男に尋ねた。 「どうしたのかね?」 「リアカーが溝にはまってしまって動けないんです」 「それは大変だ。マイキーに手伝わせよう」 「マイキー?」 「わしのロバだよ」 「ロバでは無理です。かなり深くはまっています」 「それは、やってみんとわからんよ」 そういって、老人はロバを連れてきた。 連れてきたのは、老人と同じくらい、年老いて見えるロバだった。 「これがマイキーですか?」 「そうじゃ」 こりゃだめだ。男はそう思った。 男の予想通り、マイキーがリアカーを引き上げようとしても、リアカーは溝から抜け出す気配はない。 老人は、マイキーを鞭で打って叫んだ。 「それいけ、マイキー!お前の力を見せてやれ!」 しかし、リアカーは動かない。 「年老いたロバには無理ですよ」 その様子を見ていた男は、思わず口を挟んだ。 「もっと力を入れろ、スティービー!」 老人は、鞭を振るって、再び叫んだ。 「え?スティービー?」 男は戸惑った。 すると、リアカーは動き出した。しかし、まだ溝から出るほどは動かない。 老人は、鞭をしならせ、三たび叫んだ。 「しっかり踏ん張るんだ、フランキー!」 「今度はフランキー?」 すると、リアカーは大きく動き、ついには溝から抜け出した。 男は老人に何度もお礼を述べつつ、こう尋ねた。 「どうしてマイキーを三つの違った名前で呼んだんですか?」 老人は答えた。 「マイキーは目が見えないんだ。もしマイキーが自分一人で引っ張っていると考えていたら、あんたのリアカーは、今も溝にはまったままだっただろうよ」 人生を引っ張り上げるとき、一人きりで引っ張るよりも、誰かが一緒に引っ張ってくれているとわかると勇気付けられる。力も湧いてくる。 人は大変な環境に立ち向かうとき、一人きりで向かっていく必要はない。人生の困難には、一人きりで戦う必要はない。誰もが一人で戦場にいるわけではない。 一人で困難と戦っているように見える人がいたら、その人の人生を一緒に引っ張る人間でいたい。少しのことでも、特に何もしなくても、その人に一人ではないと感じさせられる人間でいたい。小さく見えるその行為は、思いもかけない強さを誰かに与えることもあるんだから。   関連エントリー: 「一番苦しいときにどんな言葉をもらったかで、その後の人生が決まる」【信頼の力の体験談】

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自殺を考えている人は、「死にたい=苦痛を止めたい」と言い換えをしてほしい。死は目的ではなく、手段にすぎない。

ときどき、「生きているのが嫌になった」、「人生の幕を閉じたいです」という人からメールをもらう。カナダで働いていた2007年くらいから、ちらほらと、そのようなメールを受け取るようになった。あの頃は、短い海外生活ブログを、ほぼ毎日更新していた。アクセス数も伸びたけど、バンクーバーからカナダの東部に引っ越すときに、ある理由で全てを閉じた。 トロントでまた新しくブログを始め、そこでも僕が書く内容に呼応して、精神的にギリギリの状態にいる人たちからのメールが来るようになった。バンクーバー時代のブログの読者が、検索を重ねて、僕を探し出してくれたケースもあった。 カナダでの僕の仕事の大部分が、苦しんでいる人たちに寄り添うこと、要望があれば問題の解決に乗り出すことだった。知らない人たちにも名前や顔が知られるようになり、ものすごい数の電話やメールを受け取り、僕の心身が限界にきたことも何度かある。全く異文化の中にいながら、あのような責任ある立場で、普通の仕事では考えられないプレッシャーを背負いながら生きる20代は、良くも悪くも、日本人ではそうはいないだろうと思う。 正直、今の仕事は、当時ほどの莫大なプレッシャーはない。自分の両親や祖父母のような年代の方々から「先生」と呼ばれ、知らない人たちにまで顔が知られる生き方は、もうしていない。ベンツで迎えが来て、カナダの高級マンションでワインを飲みながらミーティングという「これって教会がするようなことですか?」と思わず言ってしまうような生活もしていない。町を歩いていて、見覚えのない人から「あら桑原先生!」、「Hi. You are the one from Vancouver, right?」などと声をかけられて、焦ることもない。 「あんなに頑張ってたのにどうして?」、「なぜ日本に帰ったんですか?あなたのような人が組織を変えていくんですよ」、「もったいない。あなたがいないと何も変わらない。カナダに戻ったらどうですか?」などと言われても、これから再び同じことをすることはないだろう。結局、組織内の醜い争いや足の引っ張り合いに巻き込まれ、自分の使命の実行は妨げられるのが目に見えているからだ。 今までで最も素晴らしい人たちに出会った一方で、今までで最も卑劣で歪んだ人間関係の中で生きたのが、僕のバンクーバー時代。日本の教会を追い出された牧師夫妻、バンクーバーの教会を追い出された牧師夫妻、日本から来た詐欺師、不倫関係を迫って断ると嫌がらせをしてきた関西の中年女性、気に入らない人たちをことごとくウソで貶める不動産屋など、「実話を映画かドラマにしたら面白いんじゃないか」というレベルの人たちと関わった。当時は、「人間とはここまで高められるんだ。こんな人たちから学べるとは何て運がいいのか」という心が高揚したり、人の深い親切心に涙したりする経験を何度もする一方で、「人間性とは、ここまで腐ることができるのか」ということにも何度も直面した。 僕は嘘や虚飾や暴力が当たり前になっている人間関係の中で生きることは、もう二度としたくない。そんな環境に大切な人生の資源を割くより、他の方法で自分の使命を実行したほうがいい。基本的に僕は決めたことに柔軟なほうだと思うけど、こればかりは文字どおり死の一歩手前まで追い詰められて決めたことであり、これから心変わりすることはない。 ただ、立場は変わっても、当時から魂を削って実行していたことは、これからも続けたいと思っている。自分がしていたことは、ただの仕事ではなく、「人生」という大きな存在から自分に与えられた使命だと思っているからだ。 そのようなことの一つが、他人の心の歪みの犠牲になっている人たちと、少しだけ共に歩く時間を持つこと。僕も仕事をして生活していかなきゃいけないので、あまり多くの時間は避けないけど、深刻な内容のメールをもらったら、仕事に関係がなくても、確実に返すようにしている。個人情報がわかる部分は少し書き換えをしているけど、以下のメールも、そのような状況で書いたものの一つ。僕が送った2014年最後のメールだ。 メールをどうもありがとう。そして、応援メッセージもありがとね。今はすごく体力的にキツい時期だから、特に勇気づけられたよ。大変な中、僕のことまで気遣ってくれてありがとう。 本当に、本当に、色々なことがあったんだね。メールには書き切れないくらい、苦しいことが、叫びたいくらい辛いことが、山のようにあったんだろうね。そんな中で、僕のことを対話相手に選んでくれたこと、僕は嬉しく思う。 僕は、卑劣なことをする人たちの精神的幼稚さの犠牲になる人を、少しでも減らしたいと思ってる。卑劣なことをする人間がいれば、当然、その犠牲になる人もいる。カナダに住んでいた頃、一部の人たちが、人間として、とても看過できないことをするのを、僕は見てきた。犠牲者の一人は帰国を余儀なくされ、ある人は「二度とあんなところには行きたくない」と行って僕に涙を見せ、またある人は嘘の噂話をばらまかれて、人生の変更を余儀なくされた。 僕は、こういった犠牲者を減らしたい。少なくとも、僕の周りではなくしたい、と思ってる。だから、いじめや集団ハラスメントなどの被害に遭っている人には、なるべく時間を裂くようにしている。もともと、教会でそういう活動をしてたから、その流れで、帰国後も、ずっとこれだけは続けてるんだ。 今回のように、いつか誰かが僕の書いたものを読んで、何かを感じてくれるかもしれない。「やっぱ、死ぬのはやめとこう」と、思い直すかもしれない。以前に、一人の親切な人が僕が書いたものを読んで、「私もとにかく生きてみます」と言って、自殺を思いとどまってくれたことがあった。たった一人にでもそういった効果があるのなら、僕はこれからもここで発信していきたいと思ってる。誰のためでもなく、苦しんでいた昔の自分自身のために。 苦しんでいる人に「自殺は世間の迷惑」とまで言う人間がいるのは、悲しいことだと思う。迷惑がかかるなんて、そんなもの、百も承知だろうにね。そうやって言う人たちは、自殺する人を、どこまでのおバカさんだと思ってるんだろうな。迷惑も苦しみも分かった上で、それでも死を選ぶという選択なのに。 あなたの耐えられない苦痛に思いを馳せない人たちの言うことは、聞く必要がない。あなたの苦痛を見ようとしない人のことには、あなたの生死の問題に関しては、耳を傾ける必要はない。人は自分の思い込みで、事実そっちのけで言いたい放題のことを言う。何を言われても、他人の苦痛を無視する言動は、放っておけばいい。くだらない人間の言動に振り回されるのは、今すぐやめるんだ。 あなたは自分勝手ではない。断じて違う。多くの自殺は、実際は社会による殺人だ。状況が人を追い込んで、精神的な安静を奪う。周りの人間が作った状況が、あなたの心臓をえぐっていく。あなたは死ぬんじゃない。殺されようとしてるんだ。社会ではなく、「周りの一部による殺人」と言い換えてもいい。あなたの場合は、一部の人間が、あなたの心を殺そうとしてるだけだ。 あなたは今、他人に自分自身を殺させようとしている。あなたは彼らに自分を殺す許可を与えようとしている。自分の言動をコントロールする許可を、みすみすくだらない連中に与えようとしてる。自分で相手に自分をコントロールさせようとしてるんだよ。 僕はいつも同じことを言う。他人に大切な自分を絶対に殺させるな。これだけだ。心ない人間に、自分自身をコントロールさせるな。あなた自身が許可を与えなければ、自分を渦巻く環境は、あなたを殺すことができない。その環境は、あなた自身をコントロールすることなどできはしない。コントロールするのは、いつだって自分自身だ。外部のやつらじゃない。 絶対に、どんなことがあっても絶対に、その許可をやつらに与えるな。生きるんだ。今の時点で、どんなにつらくても、だ。 ぶっちゃけ、「自殺」という概念がいいのか悪いのか、僕には判断する力がない。この社会には、「悪いに決まってるだろ」という人が大半だと思うけど、突き詰めて考えていけば、それを「悪いこと」と定義できる人間なんて、歴代の哲学者、思想家の著書や論文を読んでみても、誰一人いない。一応、政治思想や倫理学を学んで、カナダの大学院で思想系の修士号をとったけど、今のところ、そんな断定ができる論文には、お目にかかったことがない。「個人的に悲しいこと」と定義できる人は、たくさんいるだろうけどね。 絶対的な答えがない以上、いくら僕が「人が自ら命を絶つのは絶対にダメだ」と言っても、聞き入れるのは難しいよね。だって、理由が不確かだから。僕にだって理由がわからない。 僕はいつも、自殺は言葉の概念ではなく、個別に焦点を当てて考えるべきだと思ってる。「人」が死んではいけない普遍的な理由なんてない。どこにもない。今まで、世界中でどれだけの哲学者、社会学者、宗教学者、教育者が論じてきて、誰も一つの絶対的な答えを出していない。今現在の段階で、誰も絶対的な答えをもってない。カント、ロールズ、サンデルといった、名だたる哲学者たちでもだ。 だけど、「自殺したい」と思う個々人「⚪️⚪️さん」は、確かに存在する。普遍的な「人間が死んではいけない理由」があるかどうかは別にして、「⚪️⚪️さんが死んではいけない理由」は、個々のケースを考えれば、あると思ってるよ。 今回、僕があなたのメールを読んで、思ったことがある。 あなたは、死んではいけない。なぜなら、究極的には死にたいわけじゃないからだ。理由を勘違いしたまま死んでいくのを、僕は黙って見ているわけにはいかない。 繰り返すよ。あなたは、死にたいわけじゃない。断じて違う。だから、その行為を取る意義を、僕が認めることはできない。 「はあ?」って思うかもしれない。 「『死にたい』って、はっきり言ってるじゃん!」って思うかもしれない。 それでも、僕ははっきりと言うだろう。「あなたは死にたいわけではない」と。 そして、繰り返し言うだろう。「あなたは、辛くて苦しいのを止めたいだけだ。それが目的であって、死ぬこと自体は手段にすぎない。目的を果たせれば、手段が死である必要などない」と。 あなたが望んでいるのは自殺そのものではない。自殺を望んだ状態への手段として考えているだけだ。 「本気で死にたいって言っていない」ということではない。決してそうではない。あなたは悲痛なまでに本気だ。文章を読めば、強烈にそれが伝わってくる。 そうじゃなくて、死にたいというのは、僕には他の感情の言い換えに聞こえるということだ。「死にたい」という言葉を言わせている感情の正体は何なのか、そこを死ぬ前に僕と一緒に考えてほしいと思う。 まずは、自分に向けて使う表現を変えるんだ。 「死にたい」じゃない。「生きるのが辛くて耐えられない」と言うんだ。 死にたい? 何で? 辛いからだろ。 苦しいからだろ。 あいつらがひどいことをして心が耐えられないからだろ。 じゃあ、本当に望むのは「死にたい」というよりも、「辛くて苦しいのを止めたい」ということじゃないのか。目標はそっちだろ。死というのは、単にそれらを実現させる手段に過ぎないだけで。 何度でも決めつけるけど、ここだけは許してほしい。 あなたは死にたいわけじゃない。痛みや苦しみを止めたいんだ。目的はこっちだ。最終的に実現したいのは、死じゃなくて、こっちなんだよ。 「死にたい」というのは、多くの場合、「痛みや苦しみを止めたい」を言い換えたものだ。堪え難い精神的虐待から、抜け出したいんだ。悲惨な環境から抜け出したいんだよ。 死はその手段として、あなたの頭にちらつくだけなんだ。 この精神的虐待がなければ、あなたは自殺しなくてもいい。理不尽な苦しみの毎日さえ去れば、あなたは死ぬことを選択しない。そうだろ。理不尽な苦しみがなければ、素敵な人たちに囲まれて、望んだ生活ができていれば、わざわざ死を選ばないだろ。 だったら、突き詰めると、究極的な目的として、死を選びたいわけじゃないんだよ。痛みや苦しみを止めたいだけなんだ。今の状況を変えたいだけなんだ。その手段として、「死」が脳を襲うだけなんだ。この場合の「死」は、あくまで手段にすぎないんだよ。決して目的ではないんだよ。…

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ジョージ・フレデリック・ワッツが描いた、視力を失った少女からのメッセージ【行き詰まって将来が見えない人へ】

via Wikipedia 日本ではあまり有名ではないかもしれないけど、僕はこの絵が大好きだ。   これを描いたのは、19世紀イギリスの画家ジョージ・フレデリック・ワッツ。視力を失った少女が、星の上に座り、たった一本だけ弦が残ったハープを手にしている。見えるものもなく、真っ暗な闇の中で、ボロボロのハープを手にした少女が、一人ぼっちで耳を傾けているのは、わずかに残った一本の弦の音。 ワッツは、この作品に『希望』という題を付けた。     その目には何も見えなくても、そばにあるものがボロボロになっても、たった一人になっても、この少女が耳を傾け続けたのは、希望という音色、たった一本残った弦で奏でる音色だった。     あまりに大きな困難で行き詰ったとき、僕はたまにこの絵を見る。ワッツがこの少女を通して聞いた希望の音に、僕自身も耳を傾け、自分には何が残されていて、どんな音を奏でられるのかを、立ち止まってもう一度考えてみる。そして、自分にできる精一杯のことを、前向きに紡ぎ出すようにしている。   すべてのものが失われ、ボロボロになったあとでも、僕たちには希望が残されている。前向きに生きる希望が、笑って次のステップを歩む希望が残されている。僕は、たとえ一人になったとしても、たとえ暗闇の中にいたとしても、たとえ何も周りに残されていなくても、その音色だけには、いつまでも耳を傾けられる自分でいたい。

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世界を変えるために不可欠なガンジーのアドバイス10【社会を変えたい挑戦者へ】

「人間らしさへの信仰を失ってはいけない。人間らしさとは、海のようなものだ。もし数滴が汚れていても、海は汚れはしない」 「私たちがやることと、私たちができることの違いは、世界のほとんどの問題を解決するのに十分な大きさだ」 「もしも私にユーモアのセンスがなかったら、とうの昔に自殺している」 マハトマ・ガンジーに、長い紹介はいらない。1947年にインドの人々をイギリスの支配からの独立に導いた男のことは、みんなが知っているだろう。 なので、早速、私が好きなマハトマ・ガンジーの知恵の言葉に移ろう。 1.自分自身を変えなさい 「自分が見たいと思う変革に、自分自身がなりなさい」 「私たちの偉大さは、世界を作り替える力にあるのではなく(それは原子力時代の神話だ)、私たち自身を作り替える力にある」   もし、あなたが自分を変えれば、それは世界を変えることになる。もし、あなたが考え方を変えれば、あなたは感じ方と行動の仕方を変えることになる。そうすれば、あなたの周りの世界は変わる。ただ新しい思考と感情のレンズで周囲をしているからだけではない。自分の内側の変革が、以前にはしなかっただろう(もしくは考えもしなかっただろう)行動をあなたにとらせるからだ。 自分自身を変えずに外の世界を変えることの問題点は、努力して追い求めた変革を達成したときも、あなたは相変わらず以前のあなたである、ということだ。あなたの欠陥、怒り、ネガティブさ、自己破壊的な傾向などは、そのまま残る。 あなたの頭にネガティブなことが染み込んでいると、たとえ新しい状況にいても、自分が望んでいたものを見つけることはない。エゴから離れたり、エゴに洞察を加えたりしないままで、何かを達成してしまえば、エゴは更に強力になっていくだろう。あなたのエゴは物事を分裂させることが好きなので、周りに敵を見つけ、分裂を生むために、あなたの自身の人生と周りに、今より多くの問題と諍いを作り出すかもしれない。 2.あなたは自分の反応をコントロールできる 「誰も私の許可なく、私を傷つけることはできない」 何を感じて物事にどう反応するかは、いつもあなた次第だ。もしかすると、様々な事柄に対して、ノーマルな、もしくは常識的な反応の仕方があるのかもしれない。しかし、それは往々にして、重要なことではない。 ほぼ全てのことに対して、あなたは、自分の考え、反応、気持ちを自分で選ぶことができる。ヒステリックになったり、過剰に反応したりする必要はないし、ネガティブに反応する必要さえもない。「毎回」というわけにも、「すぐに」というわけにもいかないかもしれない。ときとして、ただ反射的な行動が出てしまったり、以前の習慣が入り込んでしまったりすることがあるだろう。 あなた以外の誰も、あなたがどう感じるかをコントロールできない、ということを理解すれば、あなたは毎日の生活の中にその考えを織り込み、それを思考習慣にすることができる。時間と共に、どんどん強く成長する習慣に。そうすることで、あなたの人生は劇的に容易になり、もっと楽しくなることだろう。 3.許して、そして解放しなさい 「弱い者は決して許すことができない。許すことは強い者に帰する特質だ」   「『目には目を』は、全世界を盲目にすることになる」 悪に悪で戦っても、誰の助けにもならない。前述したように、あなたは物事に対してどうやって反応するかを、いつでも自分で選ぶことができる。人生にそのような思考習慣をもっと織り込んでいくと、自分と他人にもっと有益な方法で、あなたは物事に反応していくことができるのだ。 「許して過去を手放すことが、あなた自身とあなたに関わる人たちに利益になる」ということが、あなたにはわかるだろう。ネガティブな経験からのレッスンを学んだ後には、そのような記憶の中で時を過ごすのは、もうあなたの助けにならない。おそらく、より多くの苦しみを引き起こし、今この瞬間に行動を起こさせないように、あなたを麻痺させるだけだ。 もしも、あなたが許さないのなら、あなたは自分がどう感じるかを、過去と他人にコントロールさせることになる。許すことで、そんな束縛から自分を解放するのだ。そこで、次のポイントにあなたは完全に集中することができる。 4.行動しなければ、どこにもたどり着けない 「わずかばかりの実行は、多くの説教よりも価値がある」 行動しなければ、ほとんど何も為すことはできない。しかし、行動を起こすことは、大変で難しい。心の中に何度も抵抗が襲いかかることがある。 「だからこそ、言葉による説教に頼ってしまうのだろう」とガンジーは言う。もしくは、際限なく読み物をしたり、勉強したりすることに。そして、あたかも前進していると錯覚するかもしれない。しかし、現実に実際の結果は、ほぼないか、全くないかだ。 本当に自分が行きたい方向にたどり着き、自分自身や世界を理解するには、行動することが必要だ。多くの場合、本はあなたに知識をもたらすだけ。あなたは行動し、その知識を理解と結果に向けて注力しなければならない。 この問題に打ち勝つためのいくつかの効果的なヒントを、How to Take More Action: 9 Powerful Tipsでチェックすることができる。もしくは、次の5をチェックすることもできる。もっと実行するためのヒントに関するものだ。 5.この瞬間を大切に扱いなさい 「私は未来を予見したくはない。私は現在を大事にすることに関心がある。この先の瞬間をコントロールする力を、神は私に与えてはいない」 行動を妨げる内なる抵抗に打ち勝つベストの方法は、「今」というこの瞬間に留まり、それを受け入れるようにすることだ。 なぜ? あなたが「今」この瞬間に生きれば、コントロールできない未来の瞬間を心配することはないからだ。そうすれば、想像で生み出しているだけのネガティブな未来、または、過去の失敗に苛まれることによって、行動を妨げているものは、力を失っていく。これから行動を起こすことも、現在に焦点を当ててよいパフォーマンスをすることも、より簡単になるだろう。 すぐに「今」に向き合うヒントは、8 Ways to Return to the Present Momentを見てほしい。そして、「今」に留まることは、いわば筋肉のように、発達可能な心の習慣なんだということと結びつけて覚えてほしい。その習慣は、時間と共に力強くなり、より容易に「今」に入り込むことを可能にする。 6.誰もが人間だ 「有限の命を持つ他の人々のように、私は自分が間違いを起こす、単なる一人の人間だと思っている。でも、私は間違いを告白して、歩みを修正するだけ謙虚さは持っている」 「自分自身の知恵を信じすぎるのは賢いことではない。最も強い者が弱くなり、最も賢い者が間違いを犯すと肝に銘じるのが健全だ」 あなたが他人から現実離れした神話を紡ぎ出すとき、その人から自分を断絶する危険をはらんでいる。彼らはあまりにも違いすぎて、「自分に同じようなことはできやしない」と感じ始めるかもしれない。だから、相手が誰であろうと、ただの人間に過ぎないのだ、ということを覚えておくことは重要だ。 「自分たちはみな人間であり、間違いを犯すものだ」と覚えておくのは、とても大切だと考えている。人々に対して尋常ではない高い基準を持つことは、自分の世界に不必要な争いと自分の中にネガティブな感情を作り出すだけだ。…

ストーリー

16年ぶりの同級生に会って考えた、「生きる」ということ

「桑(僕)は、あのあと誰とも連絡取ってないでしょ。アメリカにいるって噂はあったけど、どうしてたの?」 「生きてたよ」 昔の同級生と16年振りに言葉を交わした。「ああ、俺がアメリカにいるって話は広まってたんだ」と思った。 「あのあと」とは、1998年10月10日のあとのこと。 その前日、親友のIから電話があった。 卒業した高校の元担任から電話があったと伝えられ、「俺が今から言うことを落ちついて聞いてくれ。頼むから落ち着いて聞いてほしい」と言われた瞬間、彼が次に何を言うのかはわかった。 「Nが・・・死んだ。病院で亡くなって、明日、室蘭で葬儀がある」 心のどこかで予期していた。それでも、「そのとき」が来た時の衝撃は大きすぎた。震えが止まらなかった。直後になんと言ったかは覚えていない。ただ、意識が遠のいていくほどの心拍数の乱れと、受話器を持てなくなるほどの震えだけは、鮮明に覚えてる。 人生で唯一付き合った人間の死を「落ち着いて聞け」って?こんなのを落ち着いて聞けるやつなんて、それこそ、頭がどうかしてる。 「桑、聞いてるか?大丈夫か?」 「ああ。大丈夫かどうかは知らんけど、聞いてはいる」 彼は通夜や葬儀の日時を僕に伝え、二人で参列するアレンジを始めた。 「この間、兄貴ん家行った時と同じ場所で待ち合わせしよう」 「……。いや、俺、行かないよ」 「は?どういうこと?葬式に行かないってこと?」 「行かないよ。何で俺が行くんだよ」 「おい!何考えてんだ!おまえが行かなくてどうすんだ!」  彼は突然怒り出した。僕が彼女のことをどれだけ大切に思っていたか、彼に今まで打ち明けてきた悩みの数々を考えれば、怒られるのは当然のことだ。彼の怒りは、今になって、よくわかる。 「どうもなんねーよ!!行かなくても、どうにもならねーよ!!」 でも、この時の僕には、物事を判断する力も、先のことを考える余裕もなかった。その後も、あまりにしつこく葬式に連れ出そうとするIに、僕も混乱を押さえきれずに怒り出した。 「行かねえっつってんだろ!!行ったらどうなるんだ!?何が変わるんだ!?俺が行ったら生き返んのか!?生き返るんだったら何度だって行くよ!!でも、そうじゃねえだろーがよ!!人の気も知らないで『葬式に来い』なんて簡単に言うな!!!」と言い出し、お互いに声を荒げて、電話口で喧嘩になった。 ブチギレた彼は、「俺は明日、〇時に〜に車でおまえを迎えに行く!!待ってるからな!!絶対来い!!!」と言って、一方的に電話を切った。 電話を切ってしばらくは、「ふざけんな、あの野郎!」と思ってたけど、段々と色々な感情がごちゃごちゃになって、その後、僕は何時間も机に突っ伏して泣き続けた。 それから何をしていたかは記憶がない。仕事に行って、泣きながら店長に休みをもらったこと以外は、全く記憶にない。気がついたら夜が明けていた。 次の日、結局、僕はIとの待ち合わせ場所に行った。「人の気も知らないで」なんて言ってしまったけど、彼女の白血病(血液のガン)が発覚してからの僕の葛藤や混乱を、彼は最もよく知っている人間だ。 お互いを見ると、二人とも恥ずかしそうに笑って手を振った。   「ごめん。昨日は俺が悪い」 「あんな桑は初めてだわ。おまえ、キレ過ぎだよ(笑)」 「おまえは人のこと言えないだろ…」 「がははは」 久しぶりに笑って、僕の心が少し軽くなった。 あとは、二人ともいつもの調子で札幌から室蘭まで二時間のドライブ。途中で心の整理のために止まってもらったこと、車の故障があったことで、結局、二人で葬儀に遅刻して参列した。 そして、二年間の闘病生活の末に、骨と皮になるまでやせ細った彼女の遺体を見た。 何で、こいつが苦しまなきゃいけないんだ。何で、こいつが未来を奪われなきゃいけないんだ。こんなのは、おかしいだろ!なんでだよ! 答えのない問いを、誰が答えるわけでもない問いを繰り返した。 別れを切り出す前の彼女の気持ちを考えられなかった、大事なことを言葉にして伝えなかった自分が嫌になる。共通の友達だった彼女の幼なじみに、以前に泣きながら言われた言葉が突き刺さった。 彼女の友人たちは、誰一人僕を責めなかった。だけど、悪いのは僕だ。情けなかったのは、誰でもない、僕自身だ。そう考えたとき、喪失感以上に、罪悪感と後悔が胸を締め付けた。 このときのことは、今でも夢に出てくる。あまりに何度も夢に出てきたので、自分に都合のいいバージョンの夢で、実際の記憶を書き換えようとさえ思った。 高校の同級生が沢山いて、僕のことをコソコソ話してる人もいたけど、僕はその場の誰とも一言も口をきかずに、ご遺族以外の誰とも目を合わせないようにして、終わったらすぐに葬儀場を去った。 それ以来、高校の関係者と連絡を取るのは止めた。 好きだった地元に帰ることも止めた。 そして、少しだけ、過去に蓋を閉めた。 それから数年間の間、色々なことがあった。 本当に、本当に色々なことがあった。 気が狂いそうになって、親友に助けを求めたり、自殺未遂をしたり、人と話すことを止めてしまったり。19歳の僕は、精神の混乱をコントロールする術を、何ひとつ知らなかった。 そして、それから何年も、何年も、心の奥でふさぎ込んでた。 後悔と罪悪感の狭間で、日々を過ごしてた。 ようやく気持ちが少し落ち着き、カナダからの一時帰国で故郷を訪れることができたのは、それから何年も経った後だ。 そのとき、ふとIに聞いてみた。 「おまえさ、ほんとは、あのとき俺が自殺すると思った?」 一瞬の間を置いて、Iは言った。 「うん・・・」 だろうな。 何となく、そんな気がしてた。…

ストーリー

パンドラの箱に最後まで残っていた、たった一つのもの

ギリシャ神話の一つに、「パンドラの箱」の神話がある。現代では、「開けてはならないものを開けてしまった」という意味に使われるようになった、あのパンドラの箱だ。訳の間違いによって、「箱」となっているが、もともとのギリシャ語では、「つぼ」という意味の言葉が使われている。 ギリシャ神話の中では、パンドラは、地球上の最初の女性だった。彼女は、美の神アフロディテによって美しさ、音楽の神アポロによって音楽、弁論の神エルメスによって弁証術など、多くのものを与えられており、「すべての贈り物、すべての能力を与えられた」という意味の「パンドラ」という名前を与えられていた。 ある日、全能の神ゼウスは、これから結婚するパンドラに、人と同じくらいの大きさのつぼを与えて言った。 「決して開けてはならない」 しかし、好奇心を抑えきれないパンドラは、のちにこのつぼのふたを開けてしまう。その瞬間、つぼの中からは、様々なものが外に飛び出していった。 慌てたパンドラは、急いでつぼのふたを閉めるが、時すでに遅し。つぼの中のものは、一つのものを除いて、全て外に出て行ってしまった。 つぼの底にたった一つだけ残ったもの。 それが希望だった。 パンドラの箱の神話は、このようにその物語を閉じる。 なぜ、このような結末だったのか。それは誰にもわからない。 全てのものが出て行ったパンドラの箱の奥に、たった一つ残ったもの、それが希望だった。このギリシャの有名な神話は、そのような結末をもって語り伝えられていく。   希望。   多くのものを人生で失っても、これだけは、まだつぼの底にひっそりと残っている。命がある限り、誰にも平等に、希望だけは残っている。

メッセージ

【いじめ】弱い人とは、何をしても「安全」な人を選び、群れになって特定の人間をあざ笑ったり、悪意で蹴落とそうとしたりする人間であって、ハラスメントのターゲットになる「安全」な人ではない。

何年も前にカナダで働いていたとき、中年のおばさんの群れの心ない悪口の犠牲になった女子大生がいた。そのおばさんの群れは、他人の陰口を並べることが多く、僕自身も何度か注意したことがある。 僕にその悩みを打ち明けてきたその大学生は、泣きに泣いたあとで、「ほんと、しょうがねえな、あの人たちは」と呆れる僕を前に、最後に笑ってこう言った。 「でも、いいんです。私が我慢すればいいことだから。そうしないと幸せが逃げていくんだよ」 正直、僕は驚いた。この大学生の芯の強さに。 ひどいことに黙って耐える姿勢の善し悪しは別にして、「芯の強い人だな」と思った。「あることないこと言われてるけど、実際に心が弱いのは彼女ではなく、このおばさんたちなんだろうな」と思った。 人間の弱さと歪み。 凛とした態度で僕の前にたっていたのは、「敏感すぎるのよね」と言って、自分が悪口のターゲットにしている人をあざ笑う中年のおばさんの群れではなく、間違いなく、この女子大生の方。 このメールを書いていて、その当時のことを思い出した。 そのように自分の感情に任せて特定の人間を攻撃する人間が、仮に同じことが起きても、屈強な警護がついているオバマ大統領や拳銃を持っているヤクザを殴らないのは何故でしょうか?「怖いから」という言い方もできますが、もう少し踏み込んでいえば、「殴った後の結果を恐れているから」です。殴ったら捕まる、殴ったらもっとひどいことをされる、ということが頭をかすめるので、彼らはこのような人たちを殴ることはありません。 しかし、何をしても「安全」な相手を前にした時、人間はその本来の弱さ、醜さを露呈します。自分の安全や体裁を気にしながら、何をしても「安全」な相手を選んで、陰湿な行為をはたらくのは、心の弱さと歪みの発露です。 前回の内容と重複しますが、そんな心の弱い人たちの犠牲になる人が弱いとは、私は思いません。弱いのは、群れになって特定の人間をあざ笑ったり、悪意で蹴落とそうとしたりする人間であって、そのような人間の犠牲になる側の人間ではありません。 「『こんなこと』と笑い飛ばせる人から見れば」とありますが、日本の学校社会で育った人で、学校という閉ざされた空間で、逃げ場のない環境で、一年以上に渡って長く続く集団での陰湿な嫌がらせを受けていれば、それをその最中に笑い飛ばせる人がいるでしょうか?実際に何が起きているかを知らず、「こんなこと」と簡単に言う人間がいるとすれば、単にそのような状況をリアルに想像できない、無知で無神経で無責任は評論家精神に満ちているだけの気がします。 教会や学校で、おそらく平均的な日本人の何倍も多くの人間に関わってきましたが、私はそんな環境を全く気にしないで生きられるような高校生には、誰一人として会ったことがありません。去年も、私の生徒同士のいざこざがあり、介入せざるを得ない状況があったのですが、一人の子は、問題が起こってすぐに、泣きながら助けを求めてきました。当事者同士が違う国に進学し、今は何も問題がありませんが、あのような状況が長く続けば、天真爛漫な彼も、きっと耐えられなかったでしょう。 苦しんで当たり前のことで苦しむことは、「軟弱メンタル」とは呼びません。無実の他人に当たり散らしたり、自分がやられたからと言って同じことを他人にしたりすれば、「軟弱メンタル」になるかもしれません。自分のストレスや不満を他人にぶつけている人間は、確かに「軟弱メンタル」でしょう。 しかし、このような状況でさえ、「自分が悪いのではないか」と真面目に考えて状況を分析したり、未来に向けて努力を重ねたりしている人間は、「軟弱メンタル」どころか、芯の強い人間でしかありません。 近況報告は大歓迎です。「愚痴」はいけない、と杓子定規に解釈される社会ですが、「苦しんでいる感情を吐き出す」というのは、大切なことです。そうしないと、いつか精神的に押しつぶされます。 気をつけるべきは、吐き出す相手を選ぶ、という点だけです。「愚痴はいけないよ」、「そんなことよりも、もっと苦しんでいる人がいる」、「その程度で何を弱音を吐いている」など、漫画やドラマで繰り返されるレベルの常套句は、相手がどんな状況か考えもしない、思考力や想像力のない人間にも簡単に言うことができます。そのような人間に「愚痴」を吐いても、あまり建設的な結果にならないと思うので、それだけは気をつけていただければ、と思います。 私は学生の頃、哲学、倫理学、心理学、教育学、神学を勉強していたのですが、哲学者の中島義道さんの初期の著作が大好きで、20歳前後の時に、彼の「カインー自分の『弱さ』に悩むきみへ」という本を、何度も何度も読み返しました。あえて極端な提案をしている部分が多くありますが、当時の自分の心には深く突き刺さりました。簡単な言葉遣いで書いてあるので、英語の勉強に疲れた時に、一読をお勧めします。

メッセージ

「こういうことを後悔したくない」と思う大切な10のこと

考えさせられる記事を読んだので、自分なりに解釈をしてまとめてみた。 この記事は、ありふれた朝、86歳になるおじいちゃんが、いつものように野の花を摘んで、亡くなった彼の妻の墓に持っていったところから始まる。 たまたま同行した孫に、彼はこうつぶやいた。 「生きていたときに、こうして毎日花を贈ればよかった。きっと、もっと喜んだだろうに」 おじいちゃんと同じ年齢になったとき、「ああしておけばよかった、こうしておけばよかった」と思わないために、この孫は、「こういうことを後悔したくない」というリストを作った。 その最初の10個に、僕なりの解釈を付け加えたのが、以下のものだ。 1.大切な人とわずかな時間しか過ごさなかったこと いるべきではない人間と過ごす時間を減らし、正しい人間と一緒にいる時間を増やすのは、幸せになるための鉄則だ。多くの人は、自分が若かったときが、どれほど短かったのかを、後になってしみじみと体感する。ときの流れは早く、あなたに残された時間も、大好きな人たちに残された時間も、永遠ではない。毎日、家族や友人たちの顔を思い起こし、その人たちのために過ごす時間を何としても取ってほしい。 2.愛する人たちを微笑ませることをしなかったこと 微笑む人は美しい。愛する人に、その美しさをにじみ出させるのは、あなたの責任だ。相手に文句や不満ばかりぶつけるのでなく、愛する人を微笑ませるにはどうすればいいのかを考えよう。 3.言うべきことを言わなかったこと 勇気を出して、声を上げろ。違いを生み出せるときには、考えや感情を押し殺すな。好きな人がいるなら、それを伝えろ。いじめを見たら、見て見ぬ振りをするな。時間と共に、あなたの心は、言うべきことを言わなかった事実に蝕まれていく。 4.自分を他人と比べてばかりだったこと 違った過去や違った望みを持っている他人とは、自分を比べることはできない。スタートもゴールも全く違う人間とは、同じペースで同じルートを歩けない。あなたが比べることができるのは、過去の自分だけだ。昨日の自分、去年の自分からの成長、それだけを比較しよう。 5.あまりに長い間、自分の直感の声に耳を傾けなかったこと あなたの心は、実は正しい道を知っている。でも、心が既に知っていることを、あなたの頭が理解するには時間がかかる。深呼吸をして。直感の声を握りつぶさずに信じよう。 6.意義のあるゴールを達成するために、自分から行動を取らなかった 現状に不満を述べるより、新たな現状を作ることに集中しよう。今の自分を嘆くより、新たな自分を作ることに集中しよう。大抵の場合、今の自分となりたい自分の間にある差を埋めるのは、自分の行動のみだ。後悔という名の苦痛は、きっと行動する苦痛よりも大きい。今すぐ必要な行動を取るんだ。 7.他人の声に自分の夢を窒息させてしまったこと 他人はあなたの人生に責任を取ってはくれない。思いつきで好き放題に言う他人の言葉は、無責任な人間の言葉だ。自分の人生に責任を取るのはあなた自身だということを、いつでも肝に銘じておこう。自分に正直に、自分に誠実に生きよう。「これをしたら、こう思われる」などと考えていたら、あなたは一生、人生を他人にコントロールされ続ける。 8.莫大な時間を漫然と過ごしてしまったこと 朝目覚めたとき、誰のために一日を捧げ、何のために一日を費やすのかを強く意識しよう。繰り返し漫然と過ごす一日は、あとになって重くのしかかる。お金は取り戻すことが可能だが、過ぎ去った時間だけは、あなたがどうあがいても取り戻すことはできない。 9.言い訳の収集をしたこと もし本当にやりたいことであれば、あなたは道を見つけるだろう。もしそうじゃなければ、あなたはただ言い訳を見つけるだろう。 10.完璧に準備ができるまで、ひたすら待ち続けたこと 僕たちは、難しいことを、自分で更に難しいものにしてしまう。やりたいことがあるのなら、まずは小さく始めよう。完璧な計画を立てても、物事は計画通りには行かない。完璧なタイミングを待っていても、そんなのは存在しない。まずは一歩を踏み出し、走りながら少しづつ修正するんだ。毎回、次のステップに集中してベストを尽くせば、次はもう少しうまくやれる。もう少しうまくやれたら、その次は、更にもう少しうまくやればいい。

ストーリー

自殺した幼なじみと誰かを許すということ

photo credit: blinkingidiot via photopin cc 長い間、ずっと自分の心の中で響いているラビの物語がある。ラビとは、賢者として認められ、神の知恵を伝えるユダヤの教師のことだ。   あるとき、ラビを前に、一人の弟子が質問をした。「先生、人は、どのようにして、夜明けがやってきたときを、知ることができるでしょうか?」 ラビは、やさしく微笑んで、逆にその弟子に質問を返した。「あなたは、どう思う?」 その弟子は、少し考えて言った。「新しい夜明けが来たのを知るのは、夜明けが近くなって、鶏が鳴いたときでしょうか?」 「いいや、そうではない」-ラビは、答えた。 「それでは、」―弟子は続けた。「真っ暗だった空に、周りの木々のシルエットが、ぼんやりと浮かび上がってきたときでしょうか?」 ラビは、穏やかに答えた。「いいや、それも違う」   「夜が終わり、新しい朝が来たことを知るのは」-ラビは、続けた。   「許せないと思った人々の顔を見て、その人が、あなたの愛する兄弟姉妹だと分かったときだ。その日が来るまで、外はいつまでも夜のままだ」   これから紹介するのは、西洋社会ではよく知られているヨナの話。聖書の中に書かれている物語だ。 あるとき、ヨナは、自分の愛する祖国イスラエルの敵であるアッシリアという大国の首都ニネヴェに行って、「ニネヴェの人々が犯す悪の数々のために、40日後にニネヴェは滅ぼされる」という予言を伝えるよう、神から命令される。 しかし、ヨナは、敵国アッシリアに行くのが嫌で、船に乗って、ニネヴェとは反対の方向に逃げ出してしまう。 そんなヨナを見て、神は彼の乗った船を嵐に遭遇させる。そして、ヨナが神の命令から逃げたことを知った船乗りたちは、彼のせいで嵐に巻き込まれたのと思い、嵐を沈めるために、彼の手足をつかんで海に投げ込んでしまった。 ヨナは、海で大きな魚に飲み込まれ、3日3晩、魚の腹の中で過ごすことになったが、結局、海岸に吐き出されて、一命を取り留める。 「やっぱり、神の命令からは逃げられん・・・」と思ったヨナは、しかたなくニネヴェにいって神の言葉を告げた。すると、意外なことに、ニネヴェの人々は、すぐに悔い改め、に真摯に向き合い始めた。指導者は、ニネヴェの人々に悔い改めを呼びかけ、人々がそれを忠実に実行したため、神はニネヴェの破壊を考え直した。 しかし、ヨナは、1度滅ぼすと言ったのに、それを中止し、イスラエルの敵であるニネヴェの人々を許した神の寛大さに怒りだしてしまう。  当時のアッシリアは、軍事的にも経済的にも大国で、アッシリアの強大な力は、ヨナの祖国イスラエルを圧迫していた。アッシリアは、すでにこのとき、幾つかの戦いでイスラエルを破っていて、誇りを持ったイスラエルの人々にとって、アッシリアは、決して愛すべき隣国ではない。 しかし、神は決してイスラエルだけの神ではなく、異国の人々の神でもあった。その神は、異国のニネヴェの人々が心を入れ変えたとき、両手を広げて受け入れた。 「ヨナ、あなたは自分が作ってもいない、育ててもいないトウゴマの葉さえ惜しむのに、どうして、わたしが愛するニネヴェの人々を惜しまずにはいられようか?」   「いやいやいや、おかしいだろ。だったら最初から『滅ぼす』なんて言わなければいい」 そう思う人もいるかもしれない。でも、この物語のテーマは、このような、一見、突拍子もない物語を通して、「一度言ったことを考え直す神」、「イスラエルだけでなく、異国の人々も愛される神」を示すこと。重きを置かれているのは、話の流れの辻褄ではなくて、テーマの方だ。 なかなか描かれることがなかった、自分の言葉を考え直す神。そんな神の姿に怒りをぶつけたのが、当時の人々を物語の中で代弁するヨナだった。ヨナは、敵国の首都ニネヴェの人々に、否定的な思いを抱いていた。神がいくら自分の敵を愛していても、自分たちを圧迫し、自分たちを攻撃し、自分たちを苦しめる、このアッシリアを、ヨナは許すことができなかった。ヨナの暗い夜は、いつまでも明けないままだった。 許すことの難しさ 「許すということは、何と素晴らしいことか、と思う。しかし、そう思えるのも、自分自身の前に、絶対に許せない何かが立ちはだかるまでだ」 神学者であり、作家でもあった、C.S.ルイスの言葉だ。 許し合うことが素晴らしいのは、子供だって知っている。でも、ルイスの言うとおり、いざ自分自身に、どうしても許せないことが起きたら、僕たちは、そう簡単に「許しあうことは素晴らしい」とは、言えなくなってしまう。   自殺した幼なじみ:「墓の前で土下座させてやる」 僕には、自殺した幼なじみがいる。彼女とは、幼稚園から中学まで一緒で、歩いて数分の近所に住んでいた。高校で別々の学校になったけど、バラバラになっても、中学校の仲間を含めて、徹夜で一緒に遊んだり、偶然、帰りのバスで一緒になったときは、一緒に帰ったりしていた。 幼稚園から同じだけあって、お互いに話しやすく、彼女から、「誰にも言わないで」と言われて、進路や異性のことを相談されたりもしていたし、人生の大きな困難に直面していた僕が「まじで、どうしていいか分かんないんだよ、こういうときって。俺自身のことじゃないから」と、こちらが彼女に弱音を吐いたときもあった。   そんな彼女との最後の会話は、ちょっと変わった印象的なものだ。 あるとき、網に入れたサッカーボールを蹴りながら、バス停でバスを待っていたら、「すいませーん!くわはらやすゆきだったら、手ぇー挙ーげてー!!」という大きな声がした。 名前を呼ばれて驚いて頭を上げてみると、国道を挟んで反対側の歩道に、友人数人を連れた彼女がいた。僕は目が悪いし、薄暗くてよく見えなかったけど、声で彼女だと分かった。バス停には、他にも何人かいて、変な目で見られたけど、「おまえなー!こんなところで、でかい声でフルネームを呼ぶなー!!笑」と言いつつも、思いっきり両手を振って彼女にあいさつをして、そのまま国道を挟んで、叫びながら言葉を交わした。 そして、僕が直面している色々な困難を知っていた彼女は、別れ際に「お互い、頑張ろうねー!!」と大きな声で叫んで、思いっきり両手を振ってくれた。   「頑張ろうね」 それが、僕が知る彼女の最後の言葉になった。   「おまえ、あのとき『頑張ろうね』って言っただろ」 あれから、何度、そう思ったか分からない。   彼女が自殺した、ということを聞いたときは、ただショックで言葉を失った。 そして後日、「彼女が自殺する前、一人の男性が、彼女を妊娠させて、そのまま逃げていた」ということを聞かされたとき、ショックという言葉で言い表せないくらい、今まで感じたことのない感情が沸き起こった。…

ストーリー

与えても与えても減らない不思議な小麦粉〜ユダヤの言い伝え

ユダヤ地方に昔から伝わっているお話の中に、以下のようなものがある。   あるところに、小麦をひいて粉にする仕事を営んでいる二人の兄弟がいました。兄弟のうち、兄は結婚し、複数の子供を授かっていましたが、弟は独身で、子供もいませんでした。 仕事上、二人は平等な立場であり、仕事が終わった時には、挽きあがった小麦粉を二人で平等に分け合って、自分の取り分を家に持ち帰っていました。 けれども、そんなある日、弟は考えました。「僕は兄貴と違って、結婚もしていないし、養わなければならない家族もない。これは不公平だ。兄貴は、僕よりも沢山分け前を取るべきだ」 それからというもの、弟は、みんなが寝静まる闇夜の中、お兄さんの倉に、自分の分の小麦粉を少し持って行くようになりました。お兄さんの遠慮深い性格を考えて、お兄さんには、決して気がつかれないように。 さて、弟がそんなことを考えていた頃、お兄さんも、家で考えていました。「僕には家族があって、妻も子供もいて満たされている。でも、弟は、年老いたときに、誰も世話をしてくれる人がいない。これは不公平だ。弟は、僕よりも沢山分け前を取るべきだ」 そして、お兄さんは、妻に相談したあと、みんなが寝静まるのを待って、自分の取り分を少し掴んで、弟の倉に持って行きました。弟の遠慮深い性格を考えて、弟には、決して気がつかれないように。  次の朝、二人の倉にある小麦粉は、一向に減っていません。お互いに、相手に与えた分、相手から与えられているからです。 与えても与えても減らない小麦粉。二人は、不思議な力を前に、神に感謝の祈りを捧げます。そして、お互いのしていることを知らず、これを毎日続けました。 しかし、そんなある夜、二人の兄弟は、お互いの取り分を相手の家に持っていこうと歩いていたとき、道の途中でバッタリと鉢合わせしてしまいます。 はじめは驚いた二人でしたが、お互いに事情を説明して、何が起きているのかを理解したとき、二人は、お互いを抱きしめて、相手の思いやりに、ただ涙を流しました。いつまでも、お互いのやさしい心を思って、涙を流して抱き合いました。   ユダヤの言い伝えによると、この夜、神は、抱き合う兄弟に、こう言ったそうだ。「わたしは、ここに祝福の家を建てる。あなたたちは、その祝福の源となるだろう」 きっと、人はこの兄弟のように生きるように招かれている。人と人とが交わるその場所に、祝福の家が建てられるように、与えられたいのちを用いるように招かれているのだと思う。 この世界には、色々な人がいる。関わる人たちに悪意を抱くことなく、他人の善意を恣意的に利用することなく、僕たちの誰もがこの兄弟のように生きられるように願っている。

ストーリー

悲惨な状況におかれたときに何をすべきかを、サラエボの音楽家ヴェドラン・スマイロビッチは教えてくれる

1992年、サラエヴォ包囲の真っ只中。独立したばかりのボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォに続いた砲撃の回数は、一日平均300回以上にもおよび、この間、負傷者は50,000人を超え、12,000人以上が亡くなった。東欧の歴史豊かなこの町には、多くの遺体で腐臭が漂い、首都の道という道が血で染まったと言われている。 サラエヴォの音楽一家に育ったヴェドラン・スマイロヴィッチは、このときのサラエヴォを「地獄の首都」と呼んでいる。スマイロビッチは、幼いころからチェロを習い、サラエヴォ・オペラ・シアターの主席チェリストにまでなった有名な演奏家だった。しかし、紛争が始まるとすぐに、このオペラ・シアターは破壊され、彼の愛する生まれ故郷サラエヴォは、一瞬にして地獄の首都へと変わっていった。 爆撃の雨と血まみれの死体が溢れ、地獄絵図のようなサラエヴォ。罪のない市民の血が流される街。愛する人たちを失い、泣き叫ぶ者に溢れる街。地獄絵図のような光景に、気が狂い始める者、悲惨な現実にただ絶望する者で、サラエヴォは溢れかえった。 市民が無残に殺されていた、そんなある日のこと。爆弾の雨が降り注ぐ中、スマイロビッチは、ただ絶望するしかなかった者たちと死体の数々に囲まれた広場に歩み出て、静かにチェロを取り出し、それを一心不乱に弾き始めた。一日に300発以上の爆弾の雨が降り注ぐサラエヴォで、オペラ・シアターで着ていた黒いスーツに白いネクタイを着込んで、たった一人、死と絶望の真ん中に座り、彼はチェロを引き続けた。 「誰にも弾くことのできない、奇跡の美しさだった」 耳にした者にそう言わしめたそのチェロの音は、すぐそばで亡くなった22人の命を記念して、22日間続いた。 その音は、先の望みもなく、振り絞る力の残っていなかった者たちの心に、いつまでも温かく、明るい希望の灯火となって響き続けたという。 「それがどれほど大きな助けになったか、あなたには想像できますか?」 サラエヴォ包囲を生き延びた人は言う。 あのときスマイロビッチのチェロの音を耳にした人にとっては、彼が奏でる音楽は、それほど大きな希望の響きであり、それほど大きな救いの響きだった。 豊かで平和な日常を送る僕たちも、レベルは違えども、悲惨で混沌とした環境に身を置かなければならないときがある。生きていると、理不尽なこと、冷酷な現実が襲いかかることも避けられない。 僕たちは、日常生活の中でも、何か悲惨なことが起きたとき、ただ泣き叫ぶことはできる。状況に文句や不満ばかりを言うこともできる。無気力にただ立ち尽くすことも、悲惨さを加速する行為に加担することも簡単にできる。 でも僕は、どんな状況でもスマイロビッチのようでありたい。周りの環境や状況がたとえめちゃくちゃでも、自分がいるコミュニティーの中で、自分が持っているものを活かして、周りに明るい希望の音を響かせられる人でいたい。 いざというときに、チェロを取り出して美しい音楽を奏でることができるように、いつでも自分の能力を磨いていたいと思う。

メッセージ

あなたの人生は、あなたにしか語りかけないし、その声を聞ける人間も、あなたしかいない【困難に挑戦して疲れている人へ】

(Photo by filip nohe) Sくんへ メールをどうもありがとう。ブログを読んでメールをもらえるのは、本当に嬉しい。返事に時間がかかっちゃってごめん。 今まで歩いてきた道が閉ざされるって、本当にショックだと思う。あるはずの未来が、思い描いていた未来が、突如として自分の手をすり抜けていく。喪失感と不安と恐れが一気に襲い掛かってくる。心がつぶされるのに必死で抵抗しているのが、俺にも伝わってくるよ。 「ほら、だから言ったでしょ」って言葉、確かに本当に無神経だと思う。自分の道を自分で選んで、そこに果敢に挑戦した者に向かって言う言葉ではないね。人生には失敗がつきもの。挫折がつきもの。特に、勇気を出して人とは異なる道を選んだのなら、その分だけ、チャレンジも大きい。だからこそ、今回のようなことは何度も起こりうる。それなのに、そんな言葉を言われるのは寂しいよね。俺はただ、その道を自分で選びとったきみの勇気に感心してるよ。 俺は、その勇気を持った自分を、もっと評価してほしいと思う。大学を辞めてまで、リスクを冒してまで、自分の足で自分が決めた道を歩き始めた自分を、もっと褒めてあげてほしいと思う。決して楽な道じゃなかったでしょ。不安と恐れを振り払わないとできなかったでしょ。こうなるリスクを知っていて、それでも果敢に挑戦したんだよね。俺は昔からそんな男のことを、かっこいいって思ってるよ。 でも、敗北感で打ちひしがれる気持ち、俺にも少しだけわかる気がする。Facebookの情報から計算できると思うけど、俺さ、高校を卒業してすぐに大学に行かなかったんだ。行きたかったよ。でも、行かなかった。もっと厳密に言えば、「心がボロボロになっていて行けなかった」という表現が真実に近いのかもしれない。 好きな人が病気で死んでいくということに、高校生の俺は耐えられなかったんだ。前のブログ記事を読んだよね。あの頃、自分の人生を本当に毎日考えた。俺には何ができるのか、俺は何をするべきか、どうやって生きればいいのかってさ。それで、自分がそれまで思い描いてた進路に、疑問が湧いてきた。教師になるってずっと思ってたんだけど、そこに疑問が出て来てしまった。詳しい過程は省略するけど、それで、自分の進路をそこで独断でひっくり返してしまったんだ。 そうすると親だって黙ってない。親や兄貴には、ちょっとした嫌味や皮肉を言われるようになった。言ってる本人たちは、きっと悪気はないんだろうけどね。でも、そうやって何度も言われるうちに、俺も段々と彼らに対して心を閉ざしてしまった。それからは、全てが悪循環。この時代は、本当にきつかった。色々な意味で、人生のどん底。敗北感というか、どうしようもできない自分の無力さに打ちひしがれた気持ちでいた。 それから三年。彼女の死を経て、挫折感や閉塞感の中で自分の人生を考えてた俺は、海外に行くことを決意した。英語は勉強しなきゃいけない、でもキリスト教や哲学も勉強したい-そうなると、日本で行くべき大学は、ICUしかないって思った。あるとき、偶然知ったICUという大学に惹かれ、そこしか受けないことを条件に、それがダメだったら大学は行かないという決意をして、ICUだけを受験した。ちょっと無謀だよね。でも、努力でどうにもでなることに関して、俺はいつだって自信を持ってる。だって、努力する才能だけは、俺にだってあると思ってるからね。 そして、無事に入学したICUでは、自分の実力を証明して、「日本の大学でやり残したことはない」と言い切れるくらい限界までやりたいことをやり切って、その上で、奨学金をもらって海外に行こうと思って、周りが心配するくらい必死で頑張った。そして、数年後に、無事に奨学金留学を実現させた。 アメリカの大学を卒業し、カナダの大学院に入学して、将来は日本で日本人の教育に関わろうと思ってた。のちにアメリカに戻って博士課程を終わらせることを念頭に置きながら。スマートに物事をこなす才能も、すらすら問題を解く才能もないけど、なぜかアメリカでも成績だけはよかったので、何人かの先生も俺の未来設計を後押ししてくれた。 でも、人生は、自分が想像してたようにはいかない。俺には、カナダで人生二度目の進路変更が待ってた。 あの頃、思いもかけずに、当時行っていた教会で、牧師と教会員の間で大きな問題が起きて、牧師が辞任してしまったんだ。それで急遽、神学大学院でキリスト教と教育の修士課程に在籍していた俺が、その牧師の代わりをすることになった。 カナダに渡った当初は教会で働く気は全くなかったんだけど、あのときは、お世話になった人たちが俺を必要としているのなら、その人たちのために教会で働いてみようって思ったんだ。「一年くらいの期間限定です」って言われてたから、一年くらい回り道してもいいだろうとも思ってね。でも、実際は、次の牧師が決まらず、俺はその教会に三年間いることになった。歴代の牧師とその家族たちは、陰で教会のみんなの悪口ばかり言うし、かなり醜い足の引っぱり合いもしていたけど、俺自身は教会員のみんなが好きだったし、好きな人たちが困っていたら、俺にはするべきことがあると思ったから、結局は留まった。 そして、その最中に、教会で働くコースを歩き始めた俺は、自分の進路にいつも疑問を抱きながらも、その教会を離れたあと、オンタリオの教会に派遣され、人間の見栄や嫉妬や悪意を目の当たりにしながら、二つの教会で働いた。不登校や引きこもりの人の海外教育や国際交流を支援するという、アメリカ時代からの夢を犠牲にしながら。 そして、今回、震災が起きた後、今までの多くの疑問や疑いが臨界点に達していた俺は、すぐにカナダを離れることを決めた。今までの多大な親不孝も、俺の足を親のいる日本に向かわせた。 俺の人生は、俺が思い描いていたようには行かなかった。「すごい経歴」と言うけど、実際は全然違うんだ。毎年毎年、自分の進路に疑問を持ちながら、人間の心の闇を間近に見ながら、自分の夢を犠牲にして生きてただけ。 カナダでは色々な問題に巻き込まれて、悲惨な時間も過ごした。子持ちの中年女性に不倫関係を迫られ、断ったら他人を巻き込んで執拗に仕返しをされて、人間の心の歪みを体験として味わった時期もあった。結局、自分を犠牲にして、人をかばいすぎたのかもしれない。どんな人のためにでも自分を犠牲にしてかばうんだっていう気持ちが強くて、そのことに少しこだわり過ぎたのかもしれない。そういう気持ちで生きてきたことが、結果として自分の首を絞めた。 「桑原さんが相手をかばう姿勢にはいつも感銘を受けているけど、それだけでは、あの人たちはいつまでも何も学ばずに同じ被害を他の人にも加え続けますよ。あの人たちの今までが、いい例でしょう」 「自分が何をされても相手が悪く言われないようにするというのは、あなたの本当に素晴らしいところだけど、それだけじゃダメなこともあるのよ」 あの頃言われた言葉の意味を痛感するまでに、時間がかかり過ぎてしまった。尊敬する人たちからせっかくアドバイスを頂いていたのに、何でも人のために我慢すればいいってものじゃないということを実感するのが遅すぎた。 そして、ハラスメントと虐待の繰り返しの末に、体に極度の異変を感じて病院に行ったときには、思っていた以上に、自分の体は崩壊していた。カナダの病院で入院し、検査結果を知らされ、ただ涙が滲んだ。「犯罪まがいの嫌がらせまで、我慢する必要はなかったんだ」ーそう気がついた時は、ちょっと遅かった。 正直、カナダでの人生を振り返って、後悔がないと言えば嘘になる。自分の好きな人たちと自分の好きなことをする。それは確実にできてなかった。それより何より、高校生のときから思い描いていた生活は、できなかった。日本を離れるときに思い描いていた生活は、できなかった。アメリカを離れるときに思い描いていた未来を、俺はつかむことができなかった。それどころか、こんな人生には絶対にしたくないって思うような人生を送ってしまった。 詳しくは伝えることができないけど、いるべきではない何人かの人たちと時間を過ごし、するべきではない我慢をしていた。そこに留まる決断をしたのは自分なので、どっちにしても、愚かなのは俺自身なんだけどね。 あれから得たものも大きいけど、失ったものは、きっとそれ以上に大きい。今になって昔からの夢を実現しようと奔走してるけど、本当は20代のうちに始めておきたかったことばかり。残念だけど、「20代の後半を、本当に大切な時期を、俺はどうしてあのように生きてしまったんだろう」って想いは、きっと一生離れないだろう。その生き方を自分で選択してきたんだけど、その代償はあまりに大きかったと、今自分の歩みを振り返って思う。 でも、失敗したら、やり直せばいい。バラバラになったら、また紡ぎ合わせればいい。疲れて何もしたくないときには、少し休めばいい。そして、また目標に向かって走り出せばいいんだ。 人生、再スタートを切るのに、遅すぎるってことはないよ。遅すぎるのは、自分や当事者たちが死んだときだけだ。生きている限り、遅すぎるなんてことはないんだよ。 確かに、何もかもが元通りなんてことはありえない。取り返しのつかないことだってある。でも新しい歩みを始めるのには、どんな状況でも、何歳になっても、遅すぎるなんてことはない。 きみには、いのちがある。自分の態度を自分で決められる自由がある。あとは真っ直ぐに前を見て立ち上がる意思が必要なだけなんだよ。お金じゃない。社会的立場でもない。そんなものがなくったって、その意思を掘り起こしさえすれば、いつだって俺たちは、新しい未来の地平線を歩くことができるんだ。 大変な状況を生き抜いてきたきみには、今すぐにはそれだけの余裕がないかもしれない。でも、それはいたって自然なこと、仕方のないことなんだ。「死にたい」と言う言葉も、そんな疲れから来ているんだよ。 だけど、そんな状況に置かれて、それでもまだ頑張ってもがいているきみのことを、俺は本当に強い人間だと思う。きみがしてきたことは、普通の人間には中々できることじゃない。焦る必要はないよ。これから叶えたいものがあるのなら、一歩一歩、地道に進んでいくんだよ。楽な道を選ばずに、敢えて困難を選んだ自分の強さを信じて、ね。  いつでも一生懸命走り続ける必要はない。転んだら立ち上がればいい。痛みで立てないときは、少しだけ休めばいい。未来への可能性は、どんなときだって、いつだって開かれてるんだ。この世界には、それを見る人と見ない人がいる。見える人と見えない人じゃない。見ようとする人と見ようとしない人がいるんだ。そして、見ようとする者だけ、未来の可能性は見えてくるんだよ。 失敗したからって、ボロボロになったからって、その可能性を見ようとすることを止めてはいけない。休むことは必要。立ち止まることも必要。でも、少しだけ休んだ後は、また自分の足で立ち上がって、未来の可能性を探し続けながら、目的地に向かって歩き出すんだよ。 挫折って辛いよね。悲しいよね。ほんと、これからの人生が嫌になるときもあると思う。 でも、どんなときも、自分自身のことを大切にしてね。周りの友達のことを大切にしてね。自分の人生がうまく行かないからって、鬱憤が溜まってるからって、自分や周りに八つ当たりしたり、気に入らない人を貶めるようなことをしちゃダメだよ。そんな人間は、本当に沢山いる。俺だって、カナダで嫌というほど見てきた。とても残念なことだけど、生きている限り、これからもそういう人に出くわすことになるだろう。 でも、周りの人たちのように、そんな弱さに身を委ねちゃいけない。誠実に、真摯に、自分や友達と向き合うことを、どんな状況に陥っても絶対に忘れないで。 そうやって生き続けていれば、きっと道が開けてくる。必ず、そこから未来が見えてくる。そうやって前を向いて生きていれば、絶対に未来に可能性を見つけられるときが来るんだ。自分がうまく行かない時期だからって、他人にストレスをぶつけたり、今までの誠実な自分を見失っちゃ絶対にダメだよ。 これからの人生をどうしていいか、壊れそうなほど悩んでるのが痛いほど聞こえるよ。心ない言葉を聞くこともあるよね。プレッシャーをかけられることもあるよね。周りの人間が無神経で嫌になることもあるよね。生きていれば、色々な雑音がきみの心を締め付けるときがある。悲しいことだけど、今がきっとそのときなんだろうね。 でも、そんなものに負けちゃダメだよ。きみの人生は、きみにしか語りかけない。その声を聞ける人間は、きみしかいないんだ。どんなに仲のいい友達も、どんなに親しい家族も、きみの人生の声を聞くことはできないんだ。雑音に惑わされないで、その大切な声を、自分にしか聞こえない声を、耳を澄ませてよく聞くんだよ。それだけは、いつまでも忘れないで。 どういう決断を下すにしろ、俺は陰で応援してるよ。まだ20代の半ばだろ。これからの進路を、いつも祈ってるよ。その足で障害物を蹴散らして、その手で道を切り開いて、また俺に色々と報告してくれる時を、心待ちにしてるよ。お互いに、絶対に今の状況から抜け出して、いつか必ず笑顔で会おうね。その日が来るのを、俺は今から楽しみにしてるよ。 体に気をつけてね。俺みたいに、あとから「うわー、やべー!」ってならないように、健康にだけは気をつけて。 May your inner strength rise to meet you whenever darkness…

ストーリー

あなたの目に隣家の洗濯物が汚れて見えるのはどうしてか?【ジョージ・バーナード・ショウからのヒント】

(Photo by Ben D. Johnson) ある土地に一組の夫婦が新しく引っ越してきた。ある日の早朝、この夫婦が二人で朝食を食べていて、妻がふと窓の外を見たとき、干している隣家の洗濯物が目に入ってきた。 干されているその洗濯物が薄汚れているのに気付いた妻は、夫に言った。 「あの奥さんは、洗濯の仕方も知らない人なのね。衣類は汚いままなのに。ちゃんと洗剤使ってるのかしら」 この妻は、あくる朝も、その次の朝も、隣の家の洗濯物を見て、毎日毎日、ブツブツと同じことを夫に言った。 「あの奥さん、家族にあんな汚いのを着せてるのかしら。信じられない」 数週間が経ったある朝、同じように窓の外をのぞいて隣家の洗濯物を見た妻は、その洗濯物が、すっきりと綺麗に美しくなっていることに気が付いた。 彼女は驚いて、夫に言った。 「あなた、見て。隣の奥さん、やっと洗濯の仕方を覚えたみたいよ。何があったのかしらね」 夫は微笑んで、こう返した。 「いや。僕が早く起きて、この部屋の窓をきれいにしたんだよ」 汚れているのは、隣家の洗濯物ではない。自分の窓だ。けれども、汚れた自分の窓に気が付かない妻には、窓の向こうの洗濯物自体が汚れているようにしか見えなかった。    僕たちの周りの問題も、往々にして同じだ。たまに嬉々として他人の悪口を広める人たちに出会うけど、実際に汚れているのは、本当にその対象なのだろうか?汚れているのは、僕たちが下衆の勘繰りをして、悪質なゴシップや陰口の対象にするものではんく、他でもない自分自身の心ではないだろうか? 汚れた心を通して外の現象を見ていれば、どんなものだって汚れて見える。その口から出てくる言葉は、悪質なゴシップ、陰口にまみれて汚れていく。汚れたレンズを通して解釈されるものは、そのまま汚れて出てきてしまう。 僕が人間として素晴らしいと思う人は、自分の心の窓を綺麗に保つことを実践する人だ。下衆の勘繰りをしない人、ゴシップや陰口を言わない人と話していて気持ちがよく感じるのは、その人たちが語る内容が好ましいだけではなく、その人の心の窓がきれいであることを感じるからだ。そのような人たちとは、出会えたことを感謝して、一生付き合っていきたいと心から感じる。  イギリスの詩人ジョージ・バーナード・ショウは言った。 「いつでも自分を磨いておきなさい。あなたは世界を見るための窓なのだ」 世界を見る窓は自分しかない。自分を磨いていなければ、曇った窓を通してしか周りを見ることはできない。歪んだ思いに心が支配されていれば、汚れた世界しか見えてこない。 一度しかない人生、僕は薄汚れた窓を通して周りを見ながら、人生の終わりを迎えたくない。そして、できれば他の人たちにも、そんな世界を見ながら、人生の幕を閉じてほしくないと思う。

メッセージ

ギャップイヤー推進機構協会の方に依頼を受けて書いたエッセイ

(Photo by Cormac Scanlan) ギャップイヤー推進機構協会の方に依頼を受けて書いたエッセイ(タイトルは協会がつけて下さったもの)。仕事や起業準備でかなり慌ただしい時期だったので、「今までの人生経験を通して、若い人たち、同世代へのメッセージを」というお話を頂いたときは、一瞬断ろうかと迷ったけど、ギャップイヤーという選択肢をもっと一般化していくことに大賛成だったし、代表の砂田さんが素敵な方だったので、締め切りを延長して書かせて頂いた。砂田さんほどの方が僕のブログを読んで下さって、メッセージのやり取りができたことも嬉しかった。日本では、もっともっと多様な生き方が認められてもいい。海外では驚かれるような画一的な生き方を、陰に陽に求める社会では、これからも多くの人が息をつまらせ、若い人たちの自殺も減らないだろう。北アメリカやヨーロッパでは、ギャップイヤーを取るのが当たり前。大学卒業後にインターンをするのは当たり前。多くの人は、そんな当たり前のこと自体で驚いたり、実行している人に後ろ指をさしたりはしない。 僕は20代のほとんどをアメリカとカナダで過ごしたけど、日本人以外で画一的な生き方を押し付けるような人はいなかった。その意味では、北米はとても居心地がよかった。日本はいい国だ。だけど、変わっていった方がいい面も多々ある。世界を知る若い人たちは、人には多様な人格があるのだから多様な生き方が当たり前だということに気が付き始めている。その数も段々と増えている。とても喜ばしいことだ。日本の若い人たちには、多様な生き方をしてほしい。そして上の世代には、未来の世代のために、そのような生き方ができる環境を整えてほしい。外の世界を知り、日本社会を相対化して見つめることができるようになった世代には、より多くの人生の選択が開かれている。僕も微力ながら、その世代の多様な生き方の手伝いをしていくことにする。 <!– MAF Rakuten Widget TO HERE —>

ストーリー

帰る方角が分からなくなった羊の話は、私たちに何を語っているか【人間性が迷子になるとき】

(Image by Marcello Guardigli) 何年か前、羊の生態を写したドキュメントを観たことがある。その短い映像の中で、とても印象に残った場面は、一匹の羊が草を食べている場面だった。 群れの中の一匹の羊が、お腹がすいているのか、目の前の草を休みなくムシャムシャと食べ続ける。しばらくの間、この羊は、夢中で目の前の草を追いかけていく。そして、目の前を草を夢中で食べ続けていた羊は、あるとき、ふと顔をあげ、周りを見渡し始める。 周りを見渡すと、この羊は、いつのまにか一人ぼっちであることに気が付いていく。思わず不安そうにウロウロとするこの羊。おいしそうな目の前の草を夢中で食べ続けているうちに、この羊は群れから迷い出てしまい、ついには帰る方角もわからなくなってしまっていた。   人は、きっとみんな目の前の草を追い求めて生きていますが、目の前の草は、ときとして人を迷子にさせる。様々な年代や立場の人がいるのだから、「目の前の草」と言われても、思い浮かべることも様々だろう。経済的安定かもしれないし、キャリアかもしれない。物欲かもしれないし、名誉欲かもしれない。プライドの充足かもしれないし、コンプレックスの克服かもしれない。内実は様々だが、私たちの人生には、それぞれ、帰る道を見えなくさせる草がある。 追いかけること自体は、何の問題もない。しかし、周りを見渡すこともなく、それを夢中で追い求めていると、いつしか私たちは自分が立っている場所がわからなくなる。そして、戻るべき道を見失う。 それに気が付かずに、我を忘れて夢中で草を食べていると、人間はいつのまにか、ゆがんだ自己顕示欲に支配されて、気に入らない人に卑劣なことをする人、出世欲で我を忘れて、他人を残酷にけおとす人、金銭欲、物欲に目がくらんで、他人をだますことさえ厭わない人になっていく。僕は、大勢の人が集まる教会でリーダーとして働き、私生活でも様々な集会のファシリテーターだったので、おそらく平均的な日本人の何倍も多くの人に関わってきている。カナダ勤務時代は、特に様々な争いや多くの足の引っ張り合いを目にしてきた。 僕は、自分が知らず知らずに追いかけているものに、常に意識的になりたい。そして、様々なことが起こり、様々な感情がわき起こる人生で、自分自身がどこに向かっているのかを、絶えず意識して生きていきたい。

ストーリー

あなたが誰であるのかを決めるのは【自分が嫌いになる前に読む物語】

(Photo by JayRodrii) 尊敬するTくんへのメッセージ“Somebody’s opinion of you doesn’t have to be your reality.”– Les Brown 北米のある先住民の部族は、次の物語を残している。あるところに、チェンジリングイーグルというワシが卵を産んだ。しかし、産み落とされたその卵は、風に吹かれて飛んでいき、ニワトリの巣の中に紛れ込んでしまい、このワシの卵は、やがてニワトリの巣の中で孵化してしまった。そして、生まれたワシは、周りと比べて、自分の姿かたちを少し特殊だと思いながらも、自分がニワトリだと思い込んで、ニワトリたちと一緒に育っていく。あるとき、このワシは、一緒に育ったニワトリの仲間たちと野原でくつろぎにいき、大空を飛びまわる一羽の立派な鳥を目にして、周りの仲間に尋ねた。「ねえ、みんな。あれは、一体、何なんだい?」「ああ、あれは、チェンジリングイーグルというワシだ。空の王様だよ」-一羽のニワトリが答えた。「へえ。すごいなあ。俺もあんなふうに飛べたらなあ」「はは。俺やおまえが、あんな風になりたい、なんて思っても無駄だよ。俺たちは、ニワトリなんだからね」そのように言われたそのワシは、「無駄だ」と言われたことはせず、言われた通りにした。そして、いつまでも自分がそのチェンジリングイーグルであることに気がつかず、自分をニワトリだと思い込んで、やがて年老いて死んでいった。あなたが誰であるかを決めるのは、周りの人間じゃない。他人の声で、自分を見失うな。たとえ、周りの人間が、適当にあなたのことを決めつけようが、あなたの可能性を否定しようが、いい加減な噂を広めようが、その人たちには、あなたが誰であるかを決めることはできない。他人がどう思うか、他人がどう見るか、他人がどう評価するかを怖れてばかりいたら、あなたは、いつまでたっても、大切な人生を周りに振り回され続ける。いつまでたっても、周りに自分の人生をコントロールされ続ける。たった一度の人生、他人に自分を決められて生きることになるんだ。あなたが誰であるのかを決めるのは他人じゃない。 絶対に自分を見失うな。