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不登校

緊急着陸のサインを出さなかったパイロットの話【いじめや集団ハラスメント被害者へ】

飛行機墜落事故のニュースを見て、アメリカでの事故を思い出した。 アメリカで起きた事故 1990年、コロンビアからの飛行機が、ニューヨークのJFK国際空港から、わずか15マイルのところで墜落し、73人の乗客が帰らぬ人となった。理由は、燃料切れだった。 燃料切れで墜落というのは、航空業界では珍しい。法律によって、目的地まで往復でき、更にしばらくは飛行できるだけの燃料を、飛行機は積んでいるからだ。 悲劇の引き金になったのは、パイロットが発した信号にある。信号には、優先着陸、緊急着陸とがあるが、パイロットが発したのは、緊急着陸ではなく、優先着陸の要請。天候が悪く、空港上空が他の飛行機の離着陸で混み合っている中、パイロットは緊急着陸のサインを使わなかったため、着陸の順番が後回しになっていき、のちに対応が手遅れになって、燃料切れで墜落した。 そして、73人の尊い命が失われた。 優先着陸ではなく、緊急着陸の合図を出す いじめやハラスメントだって同じだ。心の燃料が切れる前に、緊急着陸の合図を出さないと、最悪の事態を引き起こす可能性がある。飛行機と同じように、危ない状況になったら他者に合図を出す。緊急時には、「こういうことがある」という程度の合図ではなく、「もう無理だ」という緊急の合図を出す。そうでないと、対応を後回しにされたり、真剣に対応してもらえず、どんどんと切羽詰まった状況が起きる確率が高くなる。集団で一人の人間を陰湿に攻撃するのは、魂の殺人だ。この「殺人」の犠牲になる前に、緊急着陸の合図を出してほしい。 また、合図を受ける側の人は、いじめやハラスメントの被害者が、我慢に我慢を重ねた後、誰かに助けを求めたら、それは既に優先着陸ではなく、緊急着陸の要請だと捉えてほしい。しばしば集団の陰湿さの攻撃対象になるのは、普段は内向的な人たち。他人に被害を訴えるには、大きな勇気がいる。その人たちが何らかのSOSを出した時点で、それは優先着陸ではなく、既に緊急着陸の要請だ。そう思って、真剣に向き合ってほしい。

不登校

集団ハラスメントが原因で不登校になる人間を責めるのは間違っている

不登校気味の高校生からの連絡が増加している。不登校問題の切ない点の一つは、不登校者本人が、「学校に行っていない」という現状に罪悪感を感じてしまうこと。ある意味、自然な感情だけど、実際は罪悪感を感じる必要はない。 以下は僕のメールからの抜粋。 こんなことを言うと怒る人がいますが、学校を休みがちになるのは、悪いことでも何でもありません。ただ、学校での環境と相性が悪かったり、人間関係で辛いことがあったりするので、その苦しみを(一時的にでも)止めるための方法として、「学校に行かない」という選択をするだけです。 水の中で息が苦しければ水面に出て呼吸をするのと同じように、人間には息苦しい環境の中にいるときには、息を吐き出す時間や空間が必要です。私の周りには不登校者が多くいましたが、誰も最初から学校を休みがちになりたくてなっているわけではなく、生きるために、息を吐き出すために、しばらく水面に上がっているだけの話です。 苦痛に耐えて学校に行って、窒息してしまい、建設的な時間を過ごせないのであれば、少し休むことは必要です。学校に行くために学校に行く、という、登校自体を目的化する考えもありますが、未来を見据えて生産的な時間を過ごすために学校に行っているのであれば、目的に適っていない時間の使い方を余儀なくされる時点で、無理して学校に行く意味は激減します。

メッセージ

あなたの人生は、あなたにしか語りかけないし、その声を聞ける人間も、あなたしかいない【困難に挑戦して疲れている人へ】

(Photo by filip nohe) Sくんへ メールをどうもありがとう。ブログを読んでメールをもらえるのは、本当に嬉しい。返事に時間がかかっちゃってごめん。 今まで歩いてきた道が閉ざされるって、本当にショックだと思う。あるはずの未来が、思い描いていた未来が、突如として自分の手をすり抜けていく。喪失感と不安と恐れが一気に襲い掛かってくる。心がつぶされるのに必死で抵抗しているのが、俺にも伝わってくるよ。 「ほら、だから言ったでしょ」って言葉、確かに本当に無神経だと思う。自分の道を自分で選んで、そこに果敢に挑戦した者に向かって言う言葉ではないね。人生には失敗がつきもの。挫折がつきもの。特に、勇気を出して人とは異なる道を選んだのなら、その分だけ、チャレンジも大きい。だからこそ、今回のようなことは何度も起こりうる。それなのに、そんな言葉を言われるのは寂しいよね。俺はただ、その道を自分で選びとったきみの勇気に感心してるよ。 俺は、その勇気を持った自分を、もっと評価してほしいと思う。大学を辞めてまで、リスクを冒してまで、自分の足で自分が決めた道を歩き始めた自分を、もっと褒めてあげてほしいと思う。決して楽な道じゃなかったでしょ。不安と恐れを振り払わないとできなかったでしょ。こうなるリスクを知っていて、それでも果敢に挑戦したんだよね。俺は昔からそんな男のことを、かっこいいって思ってるよ。 でも、敗北感で打ちひしがれる気持ち、俺にも少しだけわかる気がする。Facebookの情報から計算できると思うけど、俺さ、高校を卒業してすぐに大学に行かなかったんだ。行きたかったよ。でも、行かなかった。もっと厳密に言えば、「心がボロボロになっていて行けなかった」という表現が真実に近いのかもしれない。 好きな人が病気で死んでいくということに、高校生の俺は耐えられなかったんだ。前のブログ記事を読んだよね。あの頃、自分の人生を本当に毎日考えた。俺には何ができるのか、俺は何をするべきか、どうやって生きればいいのかってさ。それで、自分がそれまで思い描いてた進路に、疑問が湧いてきた。教師になるってずっと思ってたんだけど、そこに疑問が出て来てしまった。詳しい過程は省略するけど、それで、自分の進路をそこで独断でひっくり返してしまったんだ。 そうすると親だって黙ってない。親や兄貴には、ちょっとした嫌味や皮肉を言われるようになった。言ってる本人たちは、きっと悪気はないんだろうけどね。でも、そうやって何度も言われるうちに、俺も段々と彼らに対して心を閉ざしてしまった。それからは、全てが悪循環。この時代は、本当にきつかった。色々な意味で、人生のどん底。敗北感というか、どうしようもできない自分の無力さに打ちひしがれた気持ちでいた。 それから三年。彼女の死を経て、挫折感や閉塞感の中で自分の人生を考えてた俺は、海外に行くことを決意した。英語は勉強しなきゃいけない、でもキリスト教や哲学も勉強したい-そうなると、日本で行くべき大学は、ICUしかないって思った。あるとき、偶然知ったICUという大学に惹かれ、そこしか受けないことを条件に、それがダメだったら大学は行かないという決意をして、ICUだけを受験した。ちょっと無謀だよね。でも、努力でどうにもでなることに関して、俺はいつだって自信を持ってる。だって、努力する才能だけは、俺にだってあると思ってるからね。 そして、無事に入学したICUでは、自分の実力を証明して、「日本の大学でやり残したことはない」と言い切れるくらい限界までやりたいことをやり切って、その上で、奨学金をもらって海外に行こうと思って、周りが心配するくらい必死で頑張った。そして、数年後に、無事に奨学金留学を実現させた。 アメリカの大学を卒業し、カナダの大学院に入学して、将来は日本で日本人の教育に関わろうと思ってた。のちにアメリカに戻って博士課程を終わらせることを念頭に置きながら。スマートに物事をこなす才能も、すらすら問題を解く才能もないけど、なぜかアメリカでも成績だけはよかったので、何人かの先生も俺の未来設計を後押ししてくれた。 でも、人生は、自分が想像してたようにはいかない。俺には、カナダで人生二度目の進路変更が待ってた。 あの頃、思いもかけずに、当時行っていた教会で、牧師と教会員の間で大きな問題が起きて、牧師が辞任してしまったんだ。それで急遽、神学大学院でキリスト教と教育の修士課程に在籍していた俺が、その牧師の代わりをすることになった。 カナダに渡った当初は教会で働く気は全くなかったんだけど、あのときは、お世話になった人たちが俺を必要としているのなら、その人たちのために教会で働いてみようって思ったんだ。「一年くらいの期間限定です」って言われてたから、一年くらい回り道してもいいだろうとも思ってね。でも、実際は、次の牧師が決まらず、俺はその教会に三年間いることになった。歴代の牧師とその家族たちは、陰で教会のみんなの悪口ばかり言うし、かなり醜い足の引っぱり合いもしていたけど、俺自身は教会員のみんなが好きだったし、好きな人たちが困っていたら、俺にはするべきことがあると思ったから、結局は留まった。 そして、その最中に、教会で働くコースを歩き始めた俺は、自分の進路にいつも疑問を抱きながらも、その教会を離れたあと、オンタリオの教会に派遣され、人間の見栄や嫉妬や悪意を目の当たりにしながら、二つの教会で働いた。不登校や引きこもりの人の海外教育や国際交流を支援するという、アメリカ時代からの夢を犠牲にしながら。 そして、今回、震災が起きた後、今までの多くの疑問や疑いが臨界点に達していた俺は、すぐにカナダを離れることを決めた。今までの多大な親不孝も、俺の足を親のいる日本に向かわせた。 俺の人生は、俺が思い描いていたようには行かなかった。「すごい経歴」と言うけど、実際は全然違うんだ。毎年毎年、自分の進路に疑問を持ちながら、人間の心の闇を間近に見ながら、自分の夢を犠牲にして生きてただけ。 カナダでは色々な問題に巻き込まれて、悲惨な時間も過ごした。子持ちの中年女性に不倫関係を迫られ、断ったら他人を巻き込んで執拗に仕返しをされて、人間の心の歪みを体験として味わった時期もあった。結局、自分を犠牲にして、人をかばいすぎたのかもしれない。どんな人のためにでも自分を犠牲にしてかばうんだっていう気持ちが強くて、そのことに少しこだわり過ぎたのかもしれない。そういう気持ちで生きてきたことが、結果として自分の首を絞めた。 「桑原さんが相手をかばう姿勢にはいつも感銘を受けているけど、それだけでは、あの人たちはいつまでも何も学ばずに同じ被害を他の人にも加え続けますよ。あの人たちの今までが、いい例でしょう」 「自分が何をされても相手が悪く言われないようにするというのは、あなたの本当に素晴らしいところだけど、それだけじゃダメなこともあるのよ」 あの頃言われた言葉の意味を痛感するまでに、時間がかかり過ぎてしまった。尊敬する人たちからせっかくアドバイスを頂いていたのに、何でも人のために我慢すればいいってものじゃないということを実感するのが遅すぎた。 そして、ハラスメントと虐待の繰り返しの末に、体に極度の異変を感じて病院に行ったときには、思っていた以上に、自分の体は崩壊していた。カナダの病院で入院し、検査結果を知らされ、ただ涙が滲んだ。「犯罪まがいの嫌がらせまで、我慢する必要はなかったんだ」ーそう気がついた時は、ちょっと遅かった。 正直、カナダでの人生を振り返って、後悔がないと言えば嘘になる。自分の好きな人たちと自分の好きなことをする。それは確実にできてなかった。それより何より、高校生のときから思い描いていた生活は、できなかった。日本を離れるときに思い描いていた生活は、できなかった。アメリカを離れるときに思い描いていた未来を、俺はつかむことができなかった。それどころか、こんな人生には絶対にしたくないって思うような人生を送ってしまった。 詳しくは伝えることができないけど、いるべきではない何人かの人たちと時間を過ごし、するべきではない我慢をしていた。そこに留まる決断をしたのは自分なので、どっちにしても、愚かなのは俺自身なんだけどね。 あれから得たものも大きいけど、失ったものは、きっとそれ以上に大きい。今になって昔からの夢を実現しようと奔走してるけど、本当は20代のうちに始めておきたかったことばかり。残念だけど、「20代の後半を、本当に大切な時期を、俺はどうしてあのように生きてしまったんだろう」って想いは、きっと一生離れないだろう。その生き方を自分で選択してきたんだけど、その代償はあまりに大きかったと、今自分の歩みを振り返って思う。 でも、失敗したら、やり直せばいい。バラバラになったら、また紡ぎ合わせればいい。疲れて何もしたくないときには、少し休めばいい。そして、また目標に向かって走り出せばいいんだ。 人生、再スタートを切るのに、遅すぎるってことはないよ。遅すぎるのは、自分や当事者たちが死んだときだけだ。生きている限り、遅すぎるなんてことはないんだよ。 確かに、何もかもが元通りなんてことはありえない。取り返しのつかないことだってある。でも新しい歩みを始めるのには、どんな状況でも、何歳になっても、遅すぎるなんてことはない。 きみには、いのちがある。自分の態度を自分で決められる自由がある。あとは真っ直ぐに前を見て立ち上がる意思が必要なだけなんだよ。お金じゃない。社会的立場でもない。そんなものがなくったって、その意思を掘り起こしさえすれば、いつだって俺たちは、新しい未来の地平線を歩くことができるんだ。 大変な状況を生き抜いてきたきみには、今すぐにはそれだけの余裕がないかもしれない。でも、それはいたって自然なこと、仕方のないことなんだ。「死にたい」と言う言葉も、そんな疲れから来ているんだよ。 だけど、そんな状況に置かれて、それでもまだ頑張ってもがいているきみのことを、俺は本当に強い人間だと思う。きみがしてきたことは、普通の人間には中々できることじゃない。焦る必要はないよ。これから叶えたいものがあるのなら、一歩一歩、地道に進んでいくんだよ。楽な道を選ばずに、敢えて困難を選んだ自分の強さを信じて、ね。  いつでも一生懸命走り続ける必要はない。転んだら立ち上がればいい。痛みで立てないときは、少しだけ休めばいい。未来への可能性は、どんなときだって、いつだって開かれてるんだ。この世界には、それを見る人と見ない人がいる。見える人と見えない人じゃない。見ようとする人と見ようとしない人がいるんだ。そして、見ようとする者だけ、未来の可能性は見えてくるんだよ。 失敗したからって、ボロボロになったからって、その可能性を見ようとすることを止めてはいけない。休むことは必要。立ち止まることも必要。でも、少しだけ休んだ後は、また自分の足で立ち上がって、未来の可能性を探し続けながら、目的地に向かって歩き出すんだよ。 挫折って辛いよね。悲しいよね。ほんと、これからの人生が嫌になるときもあると思う。 でも、どんなときも、自分自身のことを大切にしてね。周りの友達のことを大切にしてね。自分の人生がうまく行かないからって、鬱憤が溜まってるからって、自分や周りに八つ当たりしたり、気に入らない人を貶めるようなことをしちゃダメだよ。そんな人間は、本当に沢山いる。俺だって、カナダで嫌というほど見てきた。とても残念なことだけど、生きている限り、これからもそういう人に出くわすことになるだろう。 でも、周りの人たちのように、そんな弱さに身を委ねちゃいけない。誠実に、真摯に、自分や友達と向き合うことを、どんな状況に陥っても絶対に忘れないで。 そうやって生き続けていれば、きっと道が開けてくる。必ず、そこから未来が見えてくる。そうやって前を向いて生きていれば、絶対に未来に可能性を見つけられるときが来るんだ。自分がうまく行かない時期だからって、他人にストレスをぶつけたり、今までの誠実な自分を見失っちゃ絶対にダメだよ。 これからの人生をどうしていいか、壊れそうなほど悩んでるのが痛いほど聞こえるよ。心ない言葉を聞くこともあるよね。プレッシャーをかけられることもあるよね。周りの人間が無神経で嫌になることもあるよね。生きていれば、色々な雑音がきみの心を締め付けるときがある。悲しいことだけど、今がきっとそのときなんだろうね。 でも、そんなものに負けちゃダメだよ。きみの人生は、きみにしか語りかけない。その声を聞ける人間は、きみしかいないんだ。どんなに仲のいい友達も、どんなに親しい家族も、きみの人生の声を聞くことはできないんだ。雑音に惑わされないで、その大切な声を、自分にしか聞こえない声を、耳を澄ませてよく聞くんだよ。それだけは、いつまでも忘れないで。 どういう決断を下すにしろ、俺は陰で応援してるよ。まだ20代の半ばだろ。これからの進路を、いつも祈ってるよ。その足で障害物を蹴散らして、その手で道を切り開いて、また俺に色々と報告してくれる時を、心待ちにしてるよ。お互いに、絶対に今の状況から抜け出して、いつか必ず笑顔で会おうね。その日が来るのを、俺は今から楽しみにしてるよ。 体に気をつけてね。俺みたいに、あとから「うわー、やべー!」ってならないように、健康にだけは気をつけて。 May your inner strength rise to meet you whenever darkness…

メッセージ

どんなにつらいときでも、たとえ死にたいときでも【自殺を考えているTくんへの手紙】

Tくんへ “Just to be is holy; just to live is a blessing.” – Abraham Joshua Heschel  おっす。メッセージをありがとう。すごく嬉しかったよ。バンクーバー時代のブログから見てくれてたんだな。よく、ここにたどり着いたねー。理由があって、あえてリンクしてなかったのに(笑)。ちょっとビックリしたけど、ほんと嬉しかったよ。まさか、あのときの人だったとはね。「長い間の知り合いみたい」ってのも、確かにその通りだね。俺も、そう思うもん。繰り返すけど、連絡を本当にありがとう。ブログ書いててよかったって、久しぶりに思ったよ。   俺は、その分の感謝を込めて、友情を込めて、今回は、かなりきついことを言わせてもらうよ。他の人には言わないようなことも遠慮なく言うんで、覚悟しといて。笑       あまりに辛い状況にいるおまえを見て、俺には何と言っていいか、迷ってしまう。俺には、おまえの苦しみの深さは分からない。おまえの痛みは、周りの人間が単純化して分かった気になれるような深さじゃないだろうからな。その深さを想像するだけで涙が滲んでくる。「何で、おまえみたいなやつが苦しまなきゃいけねえんだよ」って思うし、その理不尽さに頭にくるわ。今まで何も知らなくて、申し訳ないとさえ思う。   でも、これだけは言わせてくれ。   死ぬのはダメだ。どんなことがあっても、自分の手で命を絶つことだけはするな。多少の悪さをしようと、多少情けないことをしようとな、俺に助けを求めた以上、俺とお前の関係がある以上、何を破っても、それだけは守ってくれ。       俺は、戦いで苦境に陥ったときに発したと言われるナポレオンの言葉が好きだ。       「状況だと?何が状況だ。俺が状況を作るんだ」(ナポレオン)       ほんとに、そうだと思うよ。状況なんて、受け身で待つもんじゃない。おまえや俺が、自分の手で作り出していくんだよ。どんな絶望的な状態にいたとしても、どんなに出口が見えなくなっていても、それでも何とか、俺やおまえが、自分の手や足で切り開いていくもんなんだよ。       確かに、最悪の状況って思うかもしれない。確かに、人生を投げ出したくなる状況かもしれない。しかも、こんな状況に追い込まれたのは、おまえの責任じゃないもんな。   人は、ときに嫉妬や悪意に満ちていて、自分のためなら他人の人生を踏みにじることもできるもの。ときには、他人の歪んだ心が原因で、自分中心のその心が原因で、おまえみたいな誠実で優しいやつが犠牲になってしまう。本当に嫌なもんだと思うよ。理不尽だって思うよ。悲しいし、情けないし、心からの怒りさえ感じる。「自分のせいじゃないのに」ってのは、本当にその通りだと思う。   でもな、きついだろうけど、今現在、そこから抜け出そうとしないなら、それは、おまえのせいなんだ。自分で状況を作り出そうとしないのは、おまえの責任なんだよ。今、立ち上がろうとしないのは、今、前を向こうとしないのは、おまえの責任になるんだよ。         アウシュビッツから生還したヴィクトル・フランクルという精神科医は、「人はどんな悲惨な環境にいても、自分の態度を自分で決める自由を奪われることはない」と言った。そして、それが人間が持ちうる「最後の自由」だと、人々に訴えかけた。俺は、この10年、しょっちゅうこのフランクルの言葉を思い起こして生きてきたよ。   俺たちは、たとえ体の自由を奪われても、たとえ持っているものを奪われたとしても、自分の態度を自分で決めることのできる自由だけは、絶対に誰にも奪われることがない。たとえ、考えられうる全てのものを奪い取られたとしても、全てのものを失ったとしても、どんなに最悪な状況にいようとも、俺たちの態度は、いつだって俺たち自身が自由に決められるんだ。   たとえ悲惨な環境でも、誰かに微笑むことのできる自由はある。悪意に攻撃されている時でも、相手に愛を分け与えることのできる自由だってある。おまえも俺も、まだその自由を持ってるんだよ。…