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自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ(茨木のり子)

  ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて気難しくなってきたのを 友人のせいにはするなしなやかさを失ったのはどちらなのか苛立つのを近親のせいにはするななにもかも下手だったのはわたくし初心消えかかるのを暮らしのせいにはするなそもそもがひよわな志しにすぎなかった 駄目なことの一切を時代のせいにはするなわずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい自分で守ればかものよ (茨木のり子『自分の感受性くらい』)

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ダイナマイトの発明者が、自分の死亡記事を読んで遺書を書き換えたのはなぜか?【メメント・モリとノーベル賞】

1988年のある朝、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルは、自分自身の死亡記事がフランスの新聞に出て、腰を抜かすほど驚いた。生きているはずの自分が死んだことになって、新聞のお悔やみ欄に出ていたからだ。 実際は、亡くなったのは、ノーベルの兄弟。著名な人が高齢や病気に侵されたとき、万が一のときにすぐに記事が出せるように、新聞社は前もってその人の死亡記事を用意しておくことがある。ノーベルの兄弟が亡くなったことを知ったフランスの新聞記者は、それがノーベルだと早合点してしまい、間違えてノーベルの死亡記事を新聞に載せてしまったのだった。 掲載された自分自身の死亡記事を読んだとき、ノーベルは自分の発明が世の中にどう受け止められているのかを痛感する。科学者として、もともと「人類の役に立てば」と思って発明したダイナマイトだったのだが、新聞には、ノーベル自身は「ダイナマイト王」、「死の商人」として描かれ、人殺しの兵器によって巨万の富を蓄えた者、として記されていた。 この描写に、ノーベルはショックを受ける。彼が発明したものは、そんなことに用いられるためのものではない。しかし、ノーベルの意図せぬところで、ノーベルの発明を、人々は破壊の道具、人を殺す道具として使い始めていた。ノーベルは、その発明者として人々から称賛を受けるようになるが、それは彼の本意ではない。 自分の死亡記事を読んで唖然としたノーベル。自分の発明をこれ以上間違った方向に使われることがないように、用意していた自分の遺書を、彼は全く違うものに書き換える決意をした。新たにしたためられたその遺書には、世界平和に偉大な貢献をしたものに栄誉ある賞を与えるために遺産を用いてほしい、と記されていた。 今日、このノーベルの遺言が形になったものが、日本でも有名なノーベル賞だ。 死は誰にでも例外なく訪れるものだが、日常生活の中で、多くの人は死を意識せずに生きている。どのように生きたいかは、多くの人たちによって語られるが、どのように死にたいかは、あまり多くの人たちに語られることはない。 生と死はコインの表と裏であって、どのように死にたいかが分かれば、どのように生きたいかが、おのずとわかってくる。ノーベルは、死の商人として、ただダイナマイトで巨額の富を得た者として死にたくはなかった。自分の意図を理解してもらい、すっきりした気持ちで死にたいと思っていた。 そのために、彼は一度正式に書かれた遺書の内容を覆して、自分が今やるべきことを行動に移した。 僕たちの中には、すぐに死ぬわけではないから切迫感がない、という人が大半かもしれない。でも、遅かれ早かれ、人は誰もが死に直面する。どんなに若くても、どんなに大金を持っていても、どんな地位にある人でも、必ず死に向かい合うときがやってくる。 避けられないその瞬間を迎えるとき、どういう人間として死んでいきたいか。その願いを実現するために、今するべきことは何か。そのように考えることが、結局、自分はどのように生きたいかというテーマに繋がっていく。 僕は、大人になってから二度、本気で死を覚悟したことがある。たまに起こる「あぶねー。死ぬかと思った(笑)」という危なさ程度では、人は変わらない。でも、本気で死を目の前にして、そこから何とか生還した人は、その後、その世界観の根底を変えられることがある。 僕はこの二度の死の危機を経て、自分の人生を終えるときに、自分は誰でいたいのか、何を与えた人でいたいのかがを、明確に意識するようになった。そして、そのように人生を終えるために、自分は「どこで誰と一緒にいて、何をした方がいいのか」ということを、以前よりも意識して考えるようになった。 「メメント・モリ」という言葉がある。「死を忘れないでいなさい」という意味のラテン語で、もともと死を見つめて生きることの大切さを喚起させるための言葉だったと言われている。中学生で初めてこの言葉を聞いたときは、「今から死ぬこと考えてどうすんの」と思ったのだが、今となっては、この言葉が人に何を思い起こさせたいのか、よくわかる気がする。 ノーベルは、思いもかけずに自分の「死」に直面した。そして、それが「自分がどうやって生きるのか」を見つめ直すためのきっかけとなった。ノーベルは亡くなったが、あの新聞記事の後には、平和活動にも積極的に関わり、今では多くの人に、「死の商人のノーベル」ではなく、「ノーベル賞のノーベル」として覚えられている。 僕たちは、どんなに若くても、いつかは必ず死んでいく。そのとき、自分がどういうあり方をしていたいのか、自分を見失うときにはいつでも、そのことを思い返したい。

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どんなにつらいときでも、たとえ死にたいときでも【自殺を考えているTくんへの手紙】

 Tくんへ “Just to be is holy; just to live is a blessing.” – Abraham Joshua Heschel おっす。メッセージをありがとう。すごく嬉しかったよ。バンクーバー時代のブログから見てくれてたんだな。よく、ここにたどり着いたねー。理由があって、あえてリンクしてなかったのに(笑)。ちょっとビックリしたけど、ほんと嬉しかったよ。まさか、あのときの人だったとはね。「長い間の知り合いみたい」ってのも、確かにその通りだね。俺も、そう思うもん。繰り返すけど、連絡を本当にありがとう。ブログ書いててよかったって、久しぶりに思ったよ。 俺は、その分の感謝を込めて、友情を込めて、今回は、かなりきついことを言わせてもらうよ。他の人には言わないようなことも遠慮なく言うんで、覚悟しといて。笑 あまりに辛い状況にいるおまえを見て、俺には何と言っていいか、迷ってしまう。俺には、おまえの苦しみの深さは分からない。おまえの痛みは、周りの人間が単純化して分かった気になれるような深さじゃないだろうからな。その深さを想像するだけで涙が滲んでくる。「何で、おまえみたいなやつが苦しまなきゃいけねえんだよ」って思うし、その理不尽さに頭にくるわ。今まで何も知らなくて、申し訳ないとさえ思う。 でも、これだけは言わせてくれ。 死ぬのはダメだ。どんなことがあっても、自分の手で命を絶つことだけはするな。多少の悪さをしようと、多少情けないことをしようとな、俺に助けを求めた以上、俺とお前の関係がある以上、何を破っても、それだけは守ってくれ。 俺は、戦いで苦境に陥ったときに発したと言われるナポレオンの言葉が好きだ。 「状況だと?何が状況だ。俺が状況を作るんだ」(ナポレオン) ほんとに、そうだと思うよ。状況なんて、受け身で待つもんじゃない。おまえや俺が、自分の手で作り出していくんだよ。どんな絶望的な状態にいたとしても、どんなに出口が見えなくなっていても、それでも何とか、俺やおまえが、自分の手や足で切り開いていくもんなんだよ。 確かに、最悪の状況って思うかもしれない。確かに、人生を投げ出したくなる状況かもしれない。しかも、こんな状況に追い込まれたのは、おまえの責任じゃないもんな。 人は、ときに嫉妬や悪意に満ちていて、自分のためなら他人の人生を踏みにじることもできるもの。ときには、他人の歪んだ心が原因で、自分中心のその心が原因で、おまえみたいな誠実で優しいやつが犠牲になってしまう。本当に嫌なもんだと思うよ。理不尽だって思うよ。悲しいし、情けないし、心からの怒りさえ感じる。「自分のせいじゃないのに」ってのは、本当にその通りだと思う。 でもな、きついだろうけど、今現在、そこから抜け出そうとしない、それは、おまえのせいなんだ。自分で状況を作り出そうとしないのは、おまえの責任なんだよ。今、立ち上がろうとしないのは、今、前を向こうとしないのは、おまえの責任になるんだよ。 アウシュビッツから生還したヴィクトル・フランクルという精神科医は、「人はどんな悲惨な環境にいても、自分の態度を自分で決める自由を奪われることはない」と言った。そして、それが人間が持ちうる「最後の自由」だと、人々に訴えかけた。俺は、この10年、しょっちゅうこのフランクルの言葉を思い起こして生きてきたよ。 俺たちは、たとえ体の自由を奪われても、たとえ持っているものを奪われたとしても、自分の態度を自分で決めることのできる自由だけは、絶対に誰にも奪われることがない。たとえ、考えられうる全てのものを奪い取られたとしても、全てのものを失ったとしても、どんなに最悪な状況にいようとも、俺たちの態度は、いつだって俺たち自身が自由に決められるんだ。 たとえ悲惨な環境でも、誰かに微笑むことのできる自由はある。悪意に攻撃されている時でも、相手に愛を分け与えることのできる自由だってある。おまえも俺も、まだその自由を持ってるんだよ。 たとえ何が起ころうと、その自由だけは、決して奪われない。まだまだ、大切な人のために立ち上がることのできる自由を、状況を切り開くことのできる自由を、おまえは、今、その手に持ってるんだよ。それを、どんな奴にも奪うことのできないその自由を、おまえが自ら手放すな。 バンクーバーのブログを読んでたなら、「あなたも同じですよね」って思われるかもしれない。だいぶ前にも、ちょっとそんなこと書き込んでいたもんな。あの書き込み、きつかったぞ(笑)。 確かに、俺は病気だった彼女を19歳で亡くした後、悪いことばかりが重なってしまい、気が狂いそうになるのを抑えることで精一杯で、自分も周りもめちゃくちゃにしてしまった。発狂しそうな中で、俺は自分の態度を決めることに何度も何度も失敗した。苦しい思い出ばかりの札幌から飛び出して、東京に行ったあとも、大切な人たちに迷惑をかけ続けた。 確かに、俺だって立ち直ることができずに、人に心配をかけて、いつまでも心の奥で塞ぎ込んでた。 もしかしたら、今でもそうなのかもしれない。情けないね。かっこ悪いかもしれないね。あれから13年。それでも、この間室蘭に行ったとき、どうしても涙が出てきた。 でも、あれから、ちょっとずつ、自分が変わっていった気はしてるんだよ。少なくとも、何年も経って、心から笑うことができるようになった。人を愛することができるようになった。自分の力不足に対する罪悪感と後悔で、毎日毎日泣いてばかりいた俺が、だよ。他人には小さく見えるかもしれないけど、俺には大きな変化なんだ。 それに何より、俺は今も生きてるよ。人を愛して、人に愛されて、あのときは考えられなかった人生を、想像もつかなかった人生を、今ここで生きてるんだよ。俺は死ななかったよ。大きな痛みや苦しみや悲しみをこの背中に背負いながら、それでも精一杯、今を生きてるよ。 最初は、失敗してもいいんだよ。立ち上がれなくても構わない。いきなり何でもうまくなんてできやしない。だから、ちょっとくらい絶望したって、怒ったって、泣いたって、構わないんだよ。 ただ、お前のケースでは、そこから未来を生きることをあきらめちゃダメだ。自分を信じることをやめちゃダメだ。たとえ、自分の夢をあきらめても、他人を信じることをあきらめても、自分自身を信じることだけは、絶対にあきらめちゃダメなんだよ。 そして、悲しみや怒りや苦しみにコントロールされるんじゃなくて、それらを俺たちがコントロールする強さを覚えなきゃダメなんだよ。 一気に全部やれとは言わない。完璧にやれとも言わない。だけど、もしも俺たちが自分らしくいたいのであれば、それらのことを、少しずつ、でも確実に、しなくてはいけないんだ。 俺は、個人的に、「いのち」を与えられた者は、その与えられたものに応える責任があると思ってる。俺たちは無意味に生まれたわけではないし、無意味に「いのち」を吹き込まれたわけでもない。俺は、個人的にそう信じてる。それぞれの人間が持つ「世界観」ってやつだ。 きっと、おまえは、この感覚を共有できないだろうと思う。偶然、俺たちは生まれて、死ぬ理由もないから、ただ意味もなく人生を生きるんだと、おまえは思ってる。 俺は、それが間違ってるとは思わない。どのような世界観を持っているかなんて、人それぞれであって、人の世界観に、どれが正しい、間違ってるなんてもんはないからな。そんなもの、解釈の問題にすぎない。 でもな、「だから、俺は死んでもいいと思ってます」っていうのは、間違ってる。 確かに、知らない人であれば、俺だって間違ってるとは思わない。俺は誰かが死ぬのを止めないこともあるだろうし、何とも言えないことなんて多々あるだろう。知らない人のことは、俺には何とも言えないからだ。 でも、お前の場合、俺にとっては知らない奴どころか、この状況で最後に俺に連絡をくれた人だ。しかも、前に俺にキッツい一発をかました、というおまけ付き。笑 俺とお前の関係性がある以上、「だから、俺は死んでもいいと思ってます」っていうのも、俺は完全に主観的な感想で、それは間違ってるって言うよ。おまえという人間は大好きだけど、俺はその意見は全力で否定する。これから、どんな手を使っても変えさせてみせる。 確かに、死んではいけない普遍的な理由なんてありはしない。それは、おまえの言うとおりだと思う。哲学者が「人間は社会的動物」がどうとか言おうが、宗教者が「いのちはあなたのものではない」とか何とか言おうが、それらは決して絶対的な理由になんてなってない。おまえの鋭さ、思考力の高さには感心させられたよ。 正直、俺にも、俺と全く違った世界観を持ってるやつに、「どうして人は死んではいけないんだ?」と訊かれて、誰もが納得がいく答えを論理的に丁寧に語る自信はない。期待を裏切るようで申し訳ないけど、俺にそんな力はない。哲学を勉強して、社会学を勉強して、宗教学を勉強しても、普遍的な答えを誰かに語ることなんて、俺には難しい。「あなたの論理的思考力と優しい人格」なんて言って期待してもらって、本当に申し訳ないし、力不足で恥ずかしくなるけど、できないものはできない。 同じ世界観を持ったやつに語るのは、ある意味で簡単だけど、おまえの場合は、全く違うもんな。 だけど、そんな俺にも一つだけ、確実に言えることがある。 おまえが死んだら、俺が悲しい。だから、死ぬな。 哲学的な理由も社会学的な理由も、俺には知ったこっちゃない。俺が言うことが合ってようが間違ってようが、そんなことさえもどうでもいい。 おまえが死んだら、俺が辛い。俺が泣く。だから、おまえは絶対に死んではいけない。 完全に主観的な理由だ。どこにも客観性などないし、こんな時に客観性など、俺には知ったこっちゃない。そもそも、死んではいけない理由など、さっきも書いたけど、ありはしないんだ。…

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カナダ最大のホームレスコミュニティーでの話

僕は、収入の10%を自分以外の人のために使うことに決めている。2007年からこれを実践していて、「この人に何かをするために使うべき」と直感で思ったもののために、10%の収入を使っている。 給料をもらったら、僕はまず、10%は自分が使えない分として計算する。ただでさえ薄給なのに、最初から10%を引いたら、手元にはあまり残らない。でも、もともと僕の給料は10%を引いたものと考えているので、そこから必要な費用を差し引き、生活を成り立たせる。もともとファッションやモノにお金を使わない人間だし、慣れていってこれが当たり前になれば、特に生活苦にはならない。 稼いだもの、生産したものの10分の1を、古代の一部の信仰者たちは神に捧げていた。ヘブライ語聖書(通称:旧約聖書)には、そのことを直接示唆する記述がある。 決して教会に捧げろとは言っていないし、義務であるとも言っていないが、これを半ば強制する教会が存在する。教会のお金というのは、ときとして管理がずさんで、個人的には「困ってる人たちがいるのに、何でそんなことにお金を使うの?」と思うことも少なくない。僕は以前にそのような状況を見て、他人に自分のお金の使い道を任せるのではなく、自分で自分の収入を困難の中にいる人のために使うことに決めた。 あれから6年。バンクーバーの路上生活者を集めて食事に行ったり、トロントの路上生活者に食事やマフラーを買ったり、気持ちが沈んでいる友達を飲みに連れて行ったりと、周りの人たちを見渡して、このお金はこの人のために使うべきと思ったことに、10%の収入を使い続けた。 僕がそのようなことをしていると知って、僕のお金を頼るようになってしまった人が出たり、底なしにお金を要求してくる人がいたり、「ただお金をもらうために近づいてきてるのかな」と思ったりしたこともあったけど、ずっとこれを実践してきてよかったと、今振り返って思う。 最近、バンクーバーでお世話になった人からメールがあり、以前に関わった路上生活者が、いまだに僕のことを他の路上生活者たちにこう話していると聞いた。 「人は計算高い。多くの人は、自分のお金を投資する時は、見返りの大きさを計算する。元を回収できる投資をする。そういう計算高い人は、簡単に見分けることができるんだ。でも、あの日本人は違ったぞ。最初は嫌いだったし、おかしなやつだと思ったが、あいつは頭のおかしいやつらと友達になって、一緒にゲームをしたり飯を食ったりして、『理由なんてないよ。俺がそうしたいだけだから』と言って、いつの間にか消えていった。日本人にさえあんなやつがいるんだから、俺はこれからは人を信じたい。俺もいつか、あの日本人のしたことを他人にもしてやるんだ」 僕が使った時間とお金は、僕が知らないところで、彼の心に種となって植えられていた。使われた10%の収入を通して、何も起こらなければ、それはそれでいい。僕の存在自体を忘れてもらっても、一向にかまわない。自分がしたいことをしているだけなので、正直、そのあとのことは、どうでもいい。そう思っていた。 でも、今回はじめて、自分のしてきたことが種になっていると知って、僕の信念は人の人生に影響を与えることができるんだ、と実感できた。こんなケースは、100人に1人かもしれない。それでも、6年間、自分の収入の10%を自分以外の人のために使って、こういうことも起こりえるんだとわかって、うれしかった。 いつかこれを繰り返して、自分が関わった社会が少しでも変わっていけばいいと思う。僕は自分の周りのコミュニティーに対して、口先だけの評論家ではなく、実際に行動で示すプレイヤーでいたい。

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僧侶が渡した「大丈夫の小石」を握りしめて生きる

青山しゅんどうの本に、『大丈夫の小石』という物語がある。次のような話だ。 あるとき、大きな手術を受けることになった男性に、僧侶が「大丈夫」と書かれた小石を持って、お見舞いに行く。その石を見て、「ああ、これで手術はうまく行くんですね。大丈夫なんですね」と言うその男性に、僧侶は優しく言った。 「これは、あなたや私の思い通りに状況が進んでいく『大丈夫』の小石ではありません。『これから何が起こっても、あなたは大丈夫』という大丈夫の小石です」   その「大丈夫」は、自分が望む方向に物事が行く「大丈夫」ではない。そうではなく、「たとえどんなことになったって、たとえどっちの道に転んだって大丈夫」、僧侶が持っていったのは、そんな大丈夫の小石だ。   多くの人と同じように、僕も今までに、何度か人生の窮地に立たされたことがある。人に騙されて人生の進路変換を余儀なくされたこともあるし、詐欺師に嫌がらせを受けて一時的に仕事ができなくなったこともある。 でも、その度に前向きに先に進んで、目の前の道を切り拓くことができた理由の一つは、「死ぬわけじゃないし、10年前の苦しさに比べれば大したことない。戦略的に方向を定めて今までみたいに死ぬ気で努力すれば、きっと大丈夫だろ」というポジティブな姿勢を崩さなかったからだと考えている。 これからも、大変なことが襲い掛かることがあるだろう。自分自身の責任で苦しむこともあれば、誰かに嫌がらせをされる場面もあるかもしれない。でも、行き詰ったとき、不安をおぼえたときには、そっと大丈夫の小石を握りしめて、「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、いつでも未来を見つめていきたい。

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古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、醜いゴシップにどのように対応したか

 ある日、ソクラテスの友人が、興奮しながら彼に走り寄って言った。   「ソクラテス!おまえの弟子のプラトンってやつについて興味深いことを聞いたんだけど、おまえはもう知ってるか?」   「ちょっと待ってくれ」 −ソクラテスは冷静に答えた。   「僕にそれを聞かせる前に、いくつか君に質問したいんだ。これ、三重フィルターのテストってやつなんだけど」   「三重フィルターのテスト?」   「そう。僕の生徒に関して何か言う前に、君に三つ質問をするよ。一つ目のフィルターは、真実のフィルターだ。君は僕に伝えようとしていることが、間違いなく絶対に真実だって、すでに確信しているかい?」   「え?いや、『絶対に』と言われれば、違うかもしれないけど。俺は人に聞いただけで。でも・・・」   「わかった」 -ソクラテスは言った。   「じゃあ、君はそれが本当かどうか確かじゃないわけだ」   ソクラテスは、言葉を続けた。 「次に二つ目のフィルター、善良さのフィルターにいってみよう。僕の生徒に関して君が僕に言おうとしていることは、何か良いことかい?」   「いや。実はその反対で・・・」 -友人は言った。   「じゃあ」 -ソクラテスは答えた。   「君は彼について何か悪いことを言いたいんだね。たとえ、それが真実かどうか確かじゃなくても」 男は肩をすくめ、少し恥ずかしくなった。   「でも、まだ三重フィルターのテストをクリアするかもしれない。三つ目のフィルター、有益さのフィルターが残ってるからね。僕の生徒に関して君が言いたいことは、僕に何か有益になるかい?」   「い、いや。特に有益ってわけでは・・・」   「じゃあ」 -ソクラテスは続けた。   「もし、君が僕に言おうとしていることが、真実でもなければ、良いことでもなく、さらに有益なことでさえないのなら、いったい、どうして君はそれを僕に伝えるんだい?」 男はがっくりして、ただ己を恥じた。     それが真実かどうか、それが良いことであるかどうか、それが有益であるかどうか。これが、賢者ソクラテスの三重フィルターと呼ばれるものだ。 僕たちが普段、他の人に伝えている話は、このテストをちゃんと通り抜けているだろうか?少しだけ、立ち止まって考えてみてもいいかもしれない。   *実際にソクラテスが起源かは不明。

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「一番苦しいときにどんな言葉をもらったかで、その後の人生が決まる」【信頼の力の体験談】

「一番苦しいときにどんな言葉をもらったかで、その後の人生が決まる」 -エム ナマエ 引越しのためにパッキングをしていたら、2001年に親友の一人がくれた手紙が出てきた。 1998年、僕は、同じ年の同じ日に生まれた最初の彼女を、二年間の闘病の末に白血病で失って、二人の間に起こった様々な問題に対する罪悪感、自分だけが一人で新しい毎日を与えられる、ということへの混乱の中で、誰に対しても心を閉ざしてしまい、毎日、一人で泣いてばかりいた。 19歳の自分は、起こったことに対処する術も何一つ知らず、進路や人生そのものにも行き詰まって、随分と他人からの心無い言葉を聞く結果になってしまった。 でも、僕のことを昔から知っている親友たちは、錯乱と不安、痛みと苦しみの中で、人生に行き詰った僕に向かって、 「おまえのことは心配してねーよ。桑だったら大丈夫だからな。何でって言われても説明が難しいけど、6歳から親友やってる俺が言うんだから間違いないと思うぞ」 「桑のことは俺がよく知ってる。おまえのことは、うちの母ちゃんでさえ、小学校の時から一目置いてるもん(笑)」 「おまえの根性と人間性があれば、どこでだって通用するさ。俺たちがついてるんだから、それ忘れんなよ」 などと、いつだって僕に信頼を置いてくれ、折に触れて、その気持ちを伝えてくれた。 そして、彼らのその信頼の気持ちは、心も体もボロボロになってしまっていた僕に「もう少しだけ生きてみよう」と思わせる力をくれた。 上の手紙は、東京を経由し、アメリカで新しい生活をする決意をした僕が、北海道から東京に行く前夜に、そんな親友の一人に手渡されたもの。 「今読むなよ。おまえ、絶対泣くからな(笑)。飛行機の中で読め」と言われて、飛行機の中でこの手紙を読んだ手紙。 彼の予想通り、読み終わった後に号泣した。それまでの数年間の苦しみや葛藤、彼らに嘘をついてまで自殺をしようとした時のことを思い出して、飛行機の中で涙がボロボロとこぼれた。 そして、絶対に絶対に、どんなことがあっても絶対に、彼らの信頼を裏切る生き方だけはしない、と心に誓った。 辛くてどうしようもないとき、あれから何度、地元の親友のことを思い出したかわからない。 「あいつらは、俺の事を信頼してくれてる」 それを思ったら、苦しくて倒れそうなときだって、真夜中に涙が止まらなかったときだって、どんなときだって乗り切ることができる力が沸いてきた。 「俺は、これからどんな壁でもぶち破って、あいつらの信頼に応えるんだ」 そんなことを考えるとき、僕には信じられないくらい大きな力が沸いてきた。 「信頼」 これほど大きな力を、僕は、いまだに知らない。 他人をコントロールするような、勘違いの「信頼」ではない。 僕は教会での自分の立場と性格上、今までに多くの人の葛藤や苦しみに関わって生きてきた。自殺したいと願う人、引きこもっている人、気が狂いそうな気持ちと葛藤している人などと、数多くの関わりを持って生きてきた。 その中で、いつも感じるのは、行き詰っている人や引きこもっている人を、その人の言葉にできない知恵や経験を、そして、その向こうにある可能性を、周りの人間はもっと信頼してほしい、ということ。その人が形にできていないだけものを、言葉にできていないだけのものを、もう少しだけ見る努力をしてほしい、ということ。 目の前の人が、自分の考えや好みに合わせて動かないからといって、自分勝手なものさしで裁くんじゃない。無自覚に圧力を掛けて、自分の思い通りにコントロールしようとするのでもない。 僕たちには、決して、目の前の人間の苦しみなんてわかりはしない。僕たちには、決して、目の前の人間が通ってきた葛藤を理解することなんてできない。目の前の人間は、無神経な僕たちが安易に想像する以上に、日々、何度も深い葛藤を経験してきている存在だ。わかったような面で、他人の人生を語る権利など、誰にもありはしない。 そんなことにも気が付かないような無知で無神経な僕たちに、よくわからないものを裁いたり、コントロールしようとしたりする資格なんて、そもそもありはしない。そんなことが許されるのは、相手が卑劣で不誠実な行いを止めないときだけだ。 人を信頼することができないんだったら、人の力を尊重することができないんだったら、僕たちは、安易に人の傷や苦しみに触れるべきじゃない。行き詰まりを感じる人の人生に、傲慢な思いを秘めながら、安易に入り込もうとするべきじゃない。 人は自分の操り人形でもなければ、自分の八つ当たり人形でもない。人は、決して、自分勝手な思いを投影させる対象なんかじゃない。 苦しみ悩む人を前にして大切なのは、僕たちの好みや考え方じゃない。大切なのは、そんな傲慢で自己中心的な気持ちで人の傷や葛藤に近づくことじゃない。行き詰っている人、引き篭もっている目の前の人を尊重し、そして信頼することだ。 大切なことは、他にもあるだろう。でも一番大切なのは、その人を知る人間が、そいつのことを信頼して支えることだ。 うわべだけの言葉じゃない。義務感から発する薄っぺらい言葉だけの”信頼”じゃない。その人の喜び、苦しみ、本当の心、それを知る人間が、自分には見えないその人の知恵や奥底の強さを、本気で信じて支えることだ。その信頼に触れた人間は、どんな力よりも大きな支えを胸に、その先の人生を生きていくことができる。 与えられた信頼の力をどう使うか。それは信頼を受けた本人の心にかかっている。与えられたものをどうするか。それを無駄にするのかしないのか。周りの人間には、それはどうすることもできない。それだけは、本人の意思にかかってる。 けれども、そいつに力の種を植えるのは、いつだって周りの人間だ。 周りに行き詰っている人、苦しんでいる人がいたら、どうか、目の前の人を信頼を通して、力の種を植えてほしい、と思う。心の底から、そう思う。 目に見えないその信頼の力は、人の人生を大きく変えることができる。行き詰まりにしか見えない道を、自分の足で前に進む力に変えることができる。 まだ20歳そこそこだった僕の親友は、きっと直感的に、きっと意識することもないままに、そのことがわかっていた。そして、心からの言葉を与えて、僕に力の種を植え付けてくれた。 無意識に発した彼らのその言葉は、それからの僕の人生を、大きく変えてくれた。おそらく、本人にさえも想像ができないやり方で。 彼らがいなければ、今の僕はない。生きていたかどうかもわからない。最も信頼に値しないそのときに、最も愛されるに値しないそのときに、彼らは誰よりも僕を信頼して、誰よりも深い絆で接してくれた。そのことを、僕は一生、忘れない。