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ペップ・グアルディオラ:興味深い5つのこと【海外記事】

バイエルン監督のペップ・グアルディオラは、興味深い人物だ。リオネル・メッシのような選手が彼と強い絆を育む一方で、ズラタン・イブラヒモビッチのような選手は、彼を毛嫌いする。バルセロナでプレーしていた頃から、彼はいつも注目を浴びていた。このスペイン人監督について、あなたが知らないだろうことは、以下の5つ。 1.選手としての最後のクラブ 信じられないかもしれないが、彼がプレーした最後のクラブは、メキシコのドラドス・シナロアだ。選手としての現役を退く半年前、34歳のときに移籍し、わずか半年で退団した。スペイン人監督フアン・マヌエル・リージョに誘われて、彼はチームに加入しており、メキシコで指導者養成学校に通っていたグアルディオラにとっては、これは自然な選択だったとも言える。 2.大事な得点を記録 スペイン代表としては、守備的セントラルMFのグアルディオラは、わずか5得点を記録しているだけだ。しかし、親善試合で記録したのは1点のみで、5得点のうちの4得点は、重要な試合で記録したものだ。最初の得点は、1994年アメリカW杯の予選でラトビア相手に決めたもの。また、3−1で勝利したW杯本戦のボリビア戦では、先制ゴールも決めている。残りは、1998年フランスW杯予選での2点、2000年にスウェーデンとの親善試合で記録した1点だ。 3.バルセロナのボールボーイ 1986年4月16日のヨーロッパカップ準決勝、スウェーデンのヨーテボリとの一戦で、15歳のグアルディオラ少年は、ボールボーイを務めている。カンプノウで行われたその試合で、2週間前に0−3で破れたバルセロナは、今度は3−0で勝利し、二試合合計を3−3の引き分けに持ち込んだ。延長でバルセロナのビクトル・ムニョスが決勝PKを決めたとき、グアルディオラ少年は、祝福のためにムニョスに走り寄っている。 4.忍耐は美徳 ペップは18歳のときに、妻のクリスティーナに出会って、交際を始めている。しかし、二人は2014年5月まで結婚することはなかった。事情があって、25年間も結婚せずに付き合っていたことになる。現在、夫婦の間には3人の子供がいる。 5.3つのメダル 最初の金メダルは、1992年にスペイン代表で勝ち取ったオリンピックのメダル。2つ目は、2010年に受け取った、スポーツ功労者勲章。スペイン国内でのスポーツへの貢献に対して送られている。3つ目は、2011年のカタルーニャ議会勲章。カタルーニャ地方の勲章の中でも、最高の栄誉とされている。 参考

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バルセロナのネイマールについて、あまり知られていない5つのこと【海外記事】

ネイマールは、今やサッカー界で最も注目されるスターの一人だ。熱狂的なファンにとっては、彼について知らないことは、非常に少ないだろう。今回、私は、彼に関してまだあまり知られていはいないだろうことを掘り出してみた。容易な作業ではなかったが、私自身にとってそうだったように、あなたにも、これらがサプライズになることを願っている。 1.南アフリカW杯 ネイマールは、2010年南アフリカW杯でもプレーすることができだろうが、当時のドゥンガ監督は、サントスから離れるこの若いスターを招集しなかった。14,000人以上のファンが、W杯のメンバーにネイマールを入れるように嘆願書を書いたが、ドゥンガは拒んだ。ペレやロマーリオさえも、その嘆願書に名前を連ねていたにも関わらずだ。もしもメンバー入りしていれば、たとえ短い間の途中出場であっても、ネイマールはチームに貢献したことだろう。ドゥンガは、彼のメンバー入りには頑固であった。 2.タイム誌 ネイマールは、米タイム誌の表紙を飾った初めてのブラジル人サッカー選手である。ネイマールは、2013年にこの象徴的なマガジンの表紙に選ばれている。タイム誌は1923年創刊だが、ロナウドやペレといった選手たちでさえも、その表紙を飾ることはなかった。これは、ネイマールにとっても、大きなことだった。試合に勝ったわけでも、トロフィーを勝ち取ったわけでもないが、履歴書に誇れる項目が増えるのは、いつだっていいことだろう。 3.広告 SportsProによると、彼は世界で最もマーケティング価値のあるアスリートであり、ナイキ、ポリスサングラス、カストロール、ロレアルとの広告契約を結んでいる。この広告がもたらす収入は、彼を世界で7番目にリッチなサッカー選手にしている。キャリアを重ねて、さらなるスター選手になれば、おそらく彼は7番目から世界のトップの一人になるだろう。ブラジルW杯も、これを後押しするに違いない。 4.ファン 有名人やポップスターには、一定のグループのファンが付いている。スポーツ界でも同様だ。有名人のファンはときには自分たちを特殊な名前で呼んでおり、ネイマールのファンも、自分たちをNeymarzetesと呼んでいる。ネイマールの私生活ではなく、純粋にネイマールのピッチ上のプレーだけを楽しんでいる人にとっては、おかしな名前に思えることだろう。 5.息子ルカ ネイマールは、19歳で父親になっている。平均的な19歳は、学校やバイトで忙しくしているかもしれないが、ネイマールは違った。彼の息子の名前はルカで、母親が誰かはプライバシー保護の観点から明らかにされていない。これはクリスティアーノ・ロナウドと同様である。 参考

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モウリーニョ、グアルディオラ体制時の比ではない。史上最も議論を呼んだクラシコ【海外記事】

1943年6月19日は、多くの人にとっては、数多くあるバルセロナ対レアル・マドリードが対戦した日の一つに過ぎない。しかし、このクラシコで何が起こるか、事前に想像したものは誰もいなかっただろう。世界のサッカー界の二大巨頭にとって、それぞれのクラシコ物語の中に、永遠に大きな位置を占めているのが、この試合だった。 レアル・マドリードがエスタディオ・チャマルティン(*レアルのかつてのスタジアム)にバルセロナを迎えて行われたこのクラシコは、11−1という、サッカーを愛するスペインにとっては、震度9の地震よりも衝撃的な結果に終わっている。 この日、スタジアムにいた観客で、これから目撃することを事前に予期したものは、誰一人としていなかったであろう。これはシーズン前の親善試合でも、チャリティー試合でもない。コパ・デル・ヘネラリッシモ(現コパ・デル・レイ)の準決勝だ。しかも、勝ち抜けの決まるセカンドレグ。ファーストレグでは、カタルーニャの雄バルセロナが、終始試合を支配し、レアル・マドリードを3−0で破っている。 しかし、バルセロナをマドリードに迎えたこの試合、レアルが前半を8−0でリードし、90分を戦い終えたとき、そのスコアは11−1にまでなった。単に一方のチームが他方を上回ったという説明では、あまりに釈然としない。何かが起きていたのではないかを思いたくなる。 レアル・マドリードが、政府のフランコ将軍のチームである一方、バルセロナは、当時も今もカタルーニャ独立の象徴だ。当時のヨーロッパでよく見られるように、権力を握る政府は、外の世界に対して、自分たちを代表するようなスポーツチームを持つ。レアル・マドリードは、まさしくフランコ体制のチームだった。 尋常ならざる圧力と恐れの中で、バルセロナの選手たちはマドリードに到着した。サッカーの試合というよりも、戦争のような雰囲気だっただろう。試合中は通常の試合のようではあったが、実際には、バルセロナの選手やスタッフは、自分たち自身と家族の身の安全を危惧し、状況は、とても普通とは言い難いものだった フランコ将軍の政府が、不当な手段で試合結果に影響を及ぼしたという証拠はない。しかし、ホームではレアル・マドリードを圧倒して3−0で勝利したライバルチームが、通常の状況で11−1で負けるとは考え難い。 この瞬間、レアル・マドリードは、政府のフランコ将軍のチームになった。そのように言われている。 参考

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バイエルン指揮官グアルディオラ「私はティキタカが嫌いだ。ゴミ同然で意味のないものだ」【海外記事】

グアルディオラに関する最新本を出版した、ジャーナリストのマルティ・ペラルナウが、グアルディオラとの時間を語っている。参考:テレグラフ ペラルナウは言う。 「(ニュルンベルグ戦での)バイエルンは前半ひどかった。まるで選手たちが、確実にボールをパスして、ペップを喜ばせようとしているようだった」 ペラルナウとの食事の最中、グアルディオラはこう言ったという。 「私は、パスのためにする全てのパス、そんなティキタカは嫌悪している。そんなものはゴミ同然であり、何の目的もない。パスは相手ゴールに迫るという明確な意図を持って出されなければならない。パスのためにパスをするのではないんだ」 次の日、グアルディオラはミーティングで自分の意図をさらに展開して、選手たちに言った。 「自分らしくあれ。みずからのDNAを掘り下げてくんだ。私はティキタカは嫌いだ。ティキタカはパスワークのためにパスをして、明確な意図に欠けている。そんなのは意味がない」 「外部の人間が言うことを信じるな!バルサはティキタカなどしていない!そんなのは創作されたイメージだ!一言も信じるな!相手ディフェンスを追いつめるために、相手側のピッチを占拠する。それが秘訣だ。片方のサイドを支配して、相手を引きこもらせることで、こちらのサイドに手を出させないようにさせるんだ」 「それをしっかりやれば、相手を攻撃し、ゴールすることができる。だから、パスをする必要があるんだ。ただし、明確な意図を持って、だ。相手に負担を強いるためにするんだ。相手を追いつめ、強烈な一撃を食らわせる。私たちのゲームもそうである必要がある。これはティキタカとは関係ない」