TAG 物語

人生の話

アメリカで起きた「奇跡」の話

1876年、アメリカの田舎町。 9歳のある少女が、緊張型精神分裂病と診断され、精神病棟に入れられた。彼女の名前は、「アン」といい、みんなからは「アニー」と呼ばれていた。 愛する母と弟が相次いで亡くなり、アルコール依存症の父にも育児放棄されたアニー。さらに目の病気で両目の視覚が閉ざされた彼女は、このとき拒食症を併発し、専門家が見ても治る見込みがないほど、絶望的な精神状態だった。自分を抑えきれず、暴れてしまうことも多々あった。 アニーの荒れた言動は、精神病棟に入れられた後も、一向に変わらなかった。あまりに職員の手に負えないアニーは、精神病棟の中でも、段々と厄介者扱いをされていく。   しかし、そんな精神病棟の中にも、一人だけ、アニーの回復に希望を見出す女性の看護師がいた。アニーが彼女を無視したり、暴言を吐き続けたりする中、この看護師は、毎日毎日、どんなことをアニーにされても優しく話しかけ、幼い彼女のために、ブラウニーやクッキーなどのお菓子を持っていった。 看護師が、次の日、アニーのところへ行くと、確かにお菓子はなくなっている。アニーは、看護師が持って行くお菓子を食べているようだった。 それでも、アニーの態度は、変わらない。お菓子をおいていってくれる看護師には、注意を払うことは一切せず、相変わらず、彼女の方を見向きもしなかったり、彼女に暴言を吐いたりする毎日だった。   しかし、そんなアニーにも、少しずつ変化が訪れる。親しみを持って、根気強く心を開き続ける看護師を前に、少しずつアニーの暴力的な言動はなくなっていき、看護師の呼びかけにも、わずかに応える日々が出てくるようになった。 見捨てずに信じてくれたその看護師と少しずつ交流していくうちに、年月は流れ、アニーは周りが驚くほどの回復を見せる。その回復の順調さに、アニーは病棟付属の学校に通い始めることを許され、ついには、アニーは精神病棟から完全に解放されていく。   人並み以上の努力を費やし、非常に優秀な成績で学校を卒業したアニーが選んだのは、教師への道。アニーは、自分と同じように障害を持った子供たちの先生になることを決意した。   アニーの名前は、アン・サリバン。   ヘレン・ケラーの家庭教師「サリバン先生」とは、このアン・サリバンのことだ。 アニーは、のちに、盲目の教育者と呼ばれたヘレン・ケラーの先生となり、生涯を通して彼女の親しい友になっていく。   ヘレン・ケラーは、目が見えず、耳も聞こえなかった。視覚も聴覚も、生まれつき、ほとんど閉ざされていた。 美しい物語ばかりが語られる傾向があるが、ヘレン・ケラーは、幼少時から美談を重ねられるような人物ではない。視覚と聴覚に困難を抱える幼いケラーは、その不自由さからくるストレスからか、「怪物」と称されたこともあったほど、わがままで乱暴な子供だった。   しかし、ケラーは、その目と耳のハンデを跳ね返す。彼女は必死で学んで大学を卒業し、その一生を障害を持つ人々の教育や福祉に用いた。ケラーの人生の物語は、多くの人々を勇気づけ、今では彼女は世界中で知られた教育者、福祉活動家として知られている。 このヘレン・ケラーが7歳のとき、家庭教師として呼ばれたのが、20歳になったアニーだった。 学ぶ気力も無く、わがままで頑なだったヘレン・ケラー。 アニーは、その幼いケラーの先生となり、やがて生涯の友となっていく。精神病棟を出たあのアニーは、その後、投げやりで自分勝手だったヘレン・ケラーのいのちに、確かな奇跡の種を植えていく。   アニー・サリバンの生涯。 それは、幼い頃に厄介者のアニーに根気強く付き合ってくれた、あの看護師を抜きにしては語れない。名もない一人の看護師は、幼いアニーの心に奇跡を起こす。 そして、そのアニーは、生み出されたその奇跡に活かされながら、この世界に、もう一つの奇跡、ヘレン・ケラーを生み出していく。 さらに、ケラーは、そこから、次の奇跡の種を世界中に植え、生み出された奇跡は、またさらなる奇跡を生み出していく。     奇跡は、連鎖する。 させることができる。 僕は、そう信じて生きている。 奇跡とは、超自然的な出来事のことではない。エスパーが起こす、感覚では捉えられない何かのことでもない。ヘブライ語やギリシャ語で綴られた聖書で語られた「奇跡」という言葉も、英語で言えば「Wonder」であり、「Supernatural(超自然的)」の意味ではない。実際に、聖書で語られる「奇跡」のドイツ語訳も「Wunder」であり、超自然的なマジックの意味はない。 奇跡とは、古代の人が神の業としか例えようがなかったほど、畏敬の念や感嘆と驚嘆に包まれる出来事。 そんな奇跡は、誰の周りにも溢れている。 僕たちにも起こすことができる。 名前すら知られていない、あの看護師が幼いアニーに起こしたように。 そして、アニーが幼いヘレン・ケラーに起こしたように。   (アン・サリバンとヘレン・ケラー)

人生の話

路上生活者の大切な「椅子」を壊したお婆さんの話

昔々、東京がまだ江戸と呼ばれていた時代のこと。 一人のおばあさんが路地を歩いていたら、道端に座っていた路上生活者の男が、彼女に声をかけた。 「ばあさん、銭を恵んでくれ」 「そうは言っても、私には何もあげるものはないよ。それに、たとえお金をあげても、あんたの生活は、明日も変わらないだろうね」 「そうかもしれないけど、俺はいま銭が欲しいんだ」   「でもね」 おばあさんは言葉を続けた。   「質問していいかい?あんた、何の上に座ってるんだい?」   「ゴミだよ。何年も前に、川底で拾ってきたのさ。硬さと高さがちょうどいいんで、ずっと椅子にしてるんだ」   「私には箱に見えるね。中を開けて見たことはあるかい?」   「壊さないと開けられないよ。でも壊したら、俺の椅子がなくなっちゃうじゃないか」   「ちょっと、このお婆に箱を見せてくれるかね」   おばあさんは、そう言って箱を受け取り、いきなり近くの岩に叩きつけた。   「何すんだ、ばあさん!」   壊れた箱の隙間から見えたのは、金の塊だった。   「これだったら、日本で一番高価な椅子だって買えるだろうよ」 おばあさんは、そう言って男を抱きしめ、微笑みながら去っていった。 苦難の中にいる人を前にしたとき、何かを与えることも、時には必要かもしれない。でも、多くの場合、もっと大切なことは、既に手にしているものの価値を、実感できるように提示することかもしれない。その人が既に秘めている存在の価値に気がつくきっかけを与えることかもしれない。 たとえ何も与えられなくても、人には、できることがある。

人生の話

嫉妬のあまりに自分の羽を差し出し続けた大きなワシ

昔、二羽のワシがいた。一方の小さなワシは、長い時間かけて飛ぶ練習をしていたこともあり、もう一羽の大きなワシよりも、速く、空高く跳ぶことができた。同じように飛べない大きなワシは、表情には出さないものの、この小さなワシのことを、いつも心で苦々しく思っていた。 そんなある日、嫉妬を抱えた大きなワシは、一人の狩人に出会う。そして、狩人にこう頼んだ。 「謝礼は払うから、あの小さなワシを弓矢で射殺してくれませんか?」 狩人は答えた。 「今は矢につける羽がないけど、それがあれば何とかできる」 「それなら、これで」 ワシは、自分の羽を一枚差し出した。   「ああ、これなら大丈夫だ」 狩人はその羽を矢につけ、優雅に飛び回る小さなワシをねらって、鋭い一発を放った。 「ダメだ!逃げられた!あいつは見事に空を飛ぶな。これは難しいぞ」 「あんなの、大したことないですよ。もう一度、お願いします」 その後、嫉妬心を抑えきれない大きなワシは、何とかしてあの小さなワシを殺そうと、狩人が狙いを外すたびに、何度も何度も自分の羽を差し出した。ただ、あの有能な小さなワシに弓矢を食らわせてやろうと考えながら。 しかし、それでも小さなワシは射止められない。 「すまんが、あいつは俺には手に負えないよ」 何度も失敗して根負けした狩人は、やがて、そう言って去っていった。 取り残されたワシは、あまりに多くの羽を失って飛ぶことができず、その夜、狼に食い殺された。   嫉妬から相手を攻撃しても、失うのは自分自身の羽。そういう人間からは、周りの人間は離れていき、やがて飛ぶことさえもできなくなる。 自分の羽は自分が飛ぶために使うのが、幸せになるための第一歩。他人を撃ち殺すために羽を使っていては、あなた自身は一生、大空を飛ぶことはできない。

人生の話

お婆さんを背負った二人の僧侶

ある日、二人の僧侶が田舎町を歩いていた。収穫物の運搬のために、ある村へと向かう最中だった。 その道すがら、老女が川のほとりに座り込んでいるのが、僧侶の目に入った。橋が架かっていないので、川を渡ることができず、困っている様子だった。   一人目の僧侶が、親切に申し出た。 「よろしければ、川の向こう側まで私たちが運びますよ」   「ありがとう」 老女は、そう言って、申し出をありがたく受けた。   二人の僧侶はお互いの両手を組んで、老女を組んだ腕に乗せ、川を渡った。渡り終えると、二人は老女を下ろし、彼女はお礼を言って、そのまま道の向こうへ消えていった。   僧侶たちも旅路を続け、10キロほど歩いたところで、一人の僧侶が不満をこぼし始めた。 「ああ、この袈裟を見ろ。あの婆さんを運んだせいで、泥だらけだ。それにいきなり重いものを運んだから、背中も痛む。」 もう一人の僧侶は、微笑みを返して、黙って頷いた。   また10キロくらい進んだところで、同じ僧侶が、再びブツブツとこぼし始めた。 「背中がすごく痛い。あんな婆さんを運ばなきゃよかった。もう歩くのも辛いよ」 別の僧侶は、道端に横たわり、不満を並べる相方に言った。 「きみはいつもそうだね。きみと違って、僕がどうして文句や不満を言わないのかわかるかい?」   彼は言葉を続けた。 「きみが不平不満を止められないのは、今もきみの心が、おばあさんを背負い続けているからなんだ。僕は、川を渡った所で、とっくにお婆さんを下ろしているのに」   他人の言動に対して、僕たちは同じことをしがちだ。もしも、あなたが不満を並べる僧侶なら、いなくなったお婆さんを、ちゃんと背中から下ろして、生きた方がいい。過去のことは、学びの材料にするだけで、背中に背負いこまない。過去の嫌なことは、人の精神を支配しやすい。でも、それに引きずられて生きていると、今日という日は、いつまで経っても満開には咲き誇らない。

人生の話

パンドラの箱に最後まで残っていた、たった一つのもの

ギリシャ神話の一つに、「パンドラの箱」の神話がある。現代では、「開けてはならないものを開けてしまった」という意味に使われるようになった、あのパンドラの箱だ。 訳の間違いによって、「箱」となっているが、もともとのギリシャ語では、「つぼ」という意味に近い言葉が使われている。 ギリシャ神話の中では、パンドラは、地球上の最初の女性だった。彼女は、美の神アフロディテによって美しさ、音楽の神アポロによって音楽、弁論の神エルメスによって弁証術など、多くのものを与えられており、「すべての贈り物、すべての能力を与えられた」という意味の「パンドラ」という名前を与えられていた。 ある日、全能の神ゼウスは、これから結婚するパンドラに、人と同じくらいのサイズの大きなつぼを与えて言った。 「これだけは、決して開けてはならないよ」 しかし、好奇心を抑えきれないパンドラは、のちにこのつぼのふたを開けてしまう。その瞬間、つぼの中からは、様々なものが外に勢いよく飛び出していった。 慌てたパンドラは、急いでつぼのふたを閉めるが、時すでに遅し。つぼの中のものは、一つのものを除いて、全て外に出て行ってしまった。 つぼの底にたった一つだけ残ったもの。 それが「希望」だった。 パンドラの箱の神話は、このようにその物語を閉じる。 なぜ、このような結末だったのか。それは誰にもわからない。 全てのものが出て行ったパンドラの箱の奥に、たった一つ残ったもの、それが希望だった。このギリシャの有名な神話は、そのような結末をもって、後世に語り伝えられていく。   希望。   多くのものを人生で失っても、これだけは、まだつぼの底にひっそりと残っている。 命がある限り、何を失ったとしても、希望だけはこの手に残っている。

人生の話

与えても与えても減らない不思議な小麦粉〜ユダヤの言い伝え

ユダヤ地方に昔から伝わっているお話の中に、以下のようなものがある。 あるところに、小麦をひいて粉にする仕事を営んでいる二人の兄弟がいました。兄弟のうち、兄は結婚し、複数の子供を授かっていましたが、弟は独身で、子供もいませんでした。 仕事上、二人は平等な立場であり、仕事が終わった時には、挽きあがった小麦粉を二人で平等に分け合って、自分の取り分を家に持ち帰っていました。 しかし、そんなある日、弟は考えました。「僕は兄貴と違って、結婚もしていないし、養わなければならない家族もない。これは不公平だ。兄貴は、僕よりも沢山分け前を取るべきだ」 それからというもの、弟は、みんなが寝静まる闇夜の中、お兄さんの倉に、自分の分の小麦粉を少し持って行くようになりました。お兄さんの遠慮深い性格を考えて、お兄さんには、決して気がつかれないように。 さて、弟がそんなことを考えていた頃、お兄さんも、家で考えていました。「僕には家族があって、妻も子供もいて満たされている。でも、弟は、年老いたときに、誰も世話をしてくれる人がいない。これは不公平だ。弟は、僕よりも沢山分け前を取るべきだ」 そして、お兄さんは、妻に相談したあと、みんなが寝静まるのを待って、自分の取り分を少し掴んで、弟の倉に持って行きました。弟の遠慮深い性格を考えて、弟には、決して気がつかれないように。  次の朝、二人の倉にある小麦粉は、一向に減っていません。お互いに、相手に与えた分、相手から与えられているからです。 与えても与えても減らない小麦粉。 二人は、不思議な力を前に、神に感謝の祈りを捧げます。そして、お互いのしていることを知らず、これを毎日続けました。 しかし、そんなある夜、二人の兄弟は、お互いの取り分を相手の家に持っていこうと歩いていたとき、道の途中でバッタリと鉢合わせしてしまいます。 はじめは驚いた二人でしたが、お互いに事情を説明して、何が起きているのかを理解したとき、二人は、お互いを抱きしめて、相手の思いやりに、ただ涙を流しました。いつまでも、お互いのやさしい心を思って、涙を流して抱き合いました。   ユダヤの言い伝えによると、この夜、抱き合う兄弟に、神はこう言ったという。「わたしは、ここに祝福の家を建てる。あなたたちは、その祝福の源となるだろう」 人はこの兄弟のように生きるように招かれているのかもしれない。人と人とが交わるその場所に、祝福の家が建てられるように、与えられたいのちを用いるように招かれているのかもしれない。 この世界には、色々な人がいる。関わる人たちに悪意を抱くことなく、他人の善意を恣意的に利用することなく、僕たちの誰もがこの兄弟のように生きられるように願っている。

人生の話

あなたの目に隣家の洗濯物が汚れて見える理由

ある土地に一組の夫婦が新しく引っ越してきた。ビジネスパーソンと主婦の新婚カップルだった。 ある日の早朝、この夫婦が二人で朝食を食べていて、妻がふと窓の外を見たとき、干している隣家の洗濯物が目に入ってきた。 干されているその洗濯物が薄汚れているのに気付いた妻は、夫に言った。 「あの奥さんは、洗濯の仕方も知らない人なのね。衣類は汚いままなのに。ちゃんと洗剤使ってるのかしら」   この妻は、あくる朝も、その次の朝も、隣の家の洗濯物を見て、毎日毎日、ブツブツと同じことを夫に言った。 「あの奥さん、家族にあんな汚いのを着せてるのかしら。信じられない」 数週間が経ったある朝、同じように窓の外をのぞいて隣家の洗濯物を見た妻は、その洗濯物が、すっきりと綺麗に美しくなっていることに気が付いた。 彼女は驚いて、夫に言った。 「あなた、見て。隣の奥さん、やっと洗濯の仕方を覚えたみたいよ。何があったのかしらね」   夫は微笑んで、こう返した。 「いや。僕が早く起きて、この部屋の窓をきれいにしたんだよ」 汚れているのは、隣家の洗濯物ではない。自分の窓だ。でも、汚れた自分の窓に気が付かない妻には、窓の向こうの洗濯物自体が汚れているようにしか見えなかった。    僕たちの周りの問題も、往々にして同じだ。たまに嬉々として他人の悪口を広める人たちに出会うけど、実際に汚れているのは、本当にその対象なのか、僕はいつも疑問に思う。汚れているのは、僕たちが下衆の勘繰りをして、悪質なゴシップや陰口の対象にするものではなく、他でもない自分自身の心のように思える。 汚れた心を通して外の現象を見ていれば、どんなものだって汚れて見える。その口から出てくる言葉は、悪質なゴシップ、陰口にまみれて汚れていく。汚れたレンズを通して解釈されるものは、そのまま汚れて出てきてしまう。  イギリスの詩人ジョージ・バーナード・ショウは言った。 「いつでも自分を磨いておけ。あなたは世界を見るための窓なのだ」 世界を見る窓は自分しかない。自分を磨いていなければ、曇った窓を通してしか、周りを見ることはできない。歪んだ思いに心が支配されていれば、歪んだ世界しか見えてこない。 一度しかない人生、僕は薄汚れた窓を通して周りを見ながら、人生の終わりを迎えたくない。そして、できれば他の人たちにも、そんな世界を見ながら、人生の幕を閉じてほしくないと思う。

人生の話

帰る方角が分からなくなる理由

何年か前、羊の生態を写したドキュメントを観た。その短い映像の中で、とても印象に残った場面がある。 一匹の羊が草を食べていて、迷子になる場面だ。 よほどお腹が空いていたのかもしれない。群れの中の一匹の羊が、目の前の草を休みなくムシャムシャと食べ続ける。しばらくの間、この羊は、夢中で目の前の草を次々に追いかけていく。そして、目の前を草をひたすら食べ続けていた羊は、あるとき、ふと顔をあげ、周りを見渡し始める。 周りを見渡すと、この羊は、いつのまにか自分が一人ぼっちであることに気が付いていく。思わず不安そうにウロウロとするこの羊。おいしそうな目の前の草を夢中で食べ続けているうちに、この羊は群れから迷い出てしまい、ついには帰る方角もわからなくなってしまっていた。   人は、誰もが目の前の草を追い求めて生きている。世界には様々な年代や立場の人がいるのだから、「目の前の草」と言われても、思い浮かべることも様々だろう。経済的安定かもしれないし、キャリアかもしれない。物欲かもしれないし、名誉欲かもしれない。プライドの充足かもしれないし、コンプレックスの克服かもしれない。内実は様々だが、僕たちの人生には、それぞれ、帰る道を見えなくさせる草がある。 追いかけること自体は、何の問題もない。でも、周りを見渡すこともなく、それを夢中で追い求めていると、いつしか私たちは自分が立っている場所がわからなくなる。 そして、戻るべき道を見失う。 僕は、自分が知らず知らずに追いかけているものに、常に意識的になりたい。そして、様々なことが起こり、様々な感情がわき起こる人生で、自分自身がどこに向かっているのかを、絶えず意識して生きていきたい。